一件落着

 昼休みだった。あの日から今泉は教室を可能な限り空けないようにしていた。これは諏訪さんへの告白罰ゲームを阻止しようとしているので良いと思う。だが四時間目の授業の終わりの時に先生から、


「今泉、食事が終わったら職員室に来てくれるか」


 弁当を食べ終わった今泉が職員室に向かうと、瀬田たちのクループが動き出した。あっちも、ずっとチャンスを窺っていたに違いない。しばらく何やら話し合った後に立ち上がったのは草津だった。草津は諏訪さんの机の前に立った。


 諏訪さんはいつものように本を読んでいて、草津が近づいても気にする様子もなかった。だがクラスのみんなは注目していた。草津は典型的なチャラ男だ。服装も崩した感じだし、髪形も校則スレスレで良いだろう。いや、あれは髪こそ染めていないが違反だろう、


 陰キャ女を演じている諏訪さんとは対極のような組み合わせだ。だから、これから何が始まるか、教室中が息を呑んで見守ってる雰囲気だ。草津はクラスの注目を浴びているのを確認した後に、


「好っきゃねん。付き合ってください」


 やらかしたか。どうしよう、今泉はいない。ボクが動くべきなのか。しかし諏訪さんは草津の声に目も上げず読書に没頭している。妙な間が空いて、告白している草津が逆に浮かび上がってる空気が漂った。草津はその空気に焦ったのか、諏訪さんの本を取り上げた。


「聞いてるんか」


 本を取り上げられた諏訪さんは、初めて草津の存在に気が付いたかのように顔を少しだけあげた。チャンスと見たのか草津は再び、


「好っきゃねん。付き合ってください」


 そこで瀬田たちのグループが、


「はよ返事したり」

「草津に恥をかかせる気か」

「地縛霊は口も利けへんのか」


 妙な空気になってきた。相変わらず無言の諏訪さん。あれは戸惑っているのだろうか、それとも困惑しているのだろうか。彼女の表情は長すぎる前髪とドデカイ瓶底黒縁メガネでわからない。諏訪さんが立ち上がった。そして草津から本を取り戻すと座り、再び本を読み始めた。


 完全に無視される格好になった草津の顔色が変わっていた。これでは告白した草津がさらし者になってしまう。草津は再び諏訪さんから本を取り上げ、


「このアマ、調子に乗りやがって」


 取り上げた本で諏訪さんを殴ろうとしている。暴力はダメだ。ボクが腰を浮かしかけたその時だった、


「草津、それぐらいにしとけ。お前は振られたんや。あきらめんかい」


 今泉の声だ。帰って来てたんだ。


「なんやと」

「お前は完全に無視されとるで」


 草津は諏訪さんどころでなく今泉に向き直っている。すると底意地悪そうな笑いを浮かべながら、


「イマケンは、こんな陰キャの地縛霊ブスがお好みいうんか」

「それがどないした」


 するとギャル連中や瀬田たちは、


「趣味悪」

「イマケンはブス専やて」

「最低」


 こうやって囃し立て始めた。すると今泉は、


「はっきり言うとくわ。ボクは理子を愛しとる。愛しとる理子を傷つける奴は許さへん。ボクが相手や」


 ひやぁ、こりゃ堂々の公開告白だ。さらに今泉は、


「たとえ理子に好かれんでもボクは守るさかいな。文句あるんやったら、そんだけの覚悟持って言うてくれるか」


 気迫を漲らした今泉の声は教室を圧した。瀬田たちのグループも言葉を失っているようだ。さすがは今泉だと思ったよ。諏訪さんを守るを、こんな形で実現するとは心もイケメンだ。


 後は諏訪さんにリアクションが欲しい。それがそろえば二人は公認カップルになる。でもこれも今回の計画の最大のネック。諏訪さんの心がどこにあるのかボクにもさっぱりわからないのだ。


 ボクは諏訪さんの方を見た。草津が絡んでからも無反応だった諏訪さんが立ち上がるのが見えた。諏訪さんは瓶底黒縁メガネを外し、長すぎる前髪をたくしあげた。思わずクラスの中から、


「おぉぉぉ」


 こんな声が出た。あの有名人気コスプレイヤーの素顔だ。ある程度知っているボクですら声が出ないぐらい美しい。


「健太郎は立派になったよ。あの日の約束は守るからね」


 こ、これはOKの返事だよな。声だってあの陰気な声でなく弾むような楽しそうな声だ。クラス中から歓声が巻き起こり、


「オメデトウ」

「究極の美男美女カップルの誕生だ」


 こんな声が次々と出て、瀬田たちのグループはコソコソと教室から出て行った。これで万々歳で一件落着だ。



 後で諏訪さんに最後の謎を聞いた。そう、あの陰キャ女のコスプレ。あれをどうして小学校の高学年で始めたのかだ。


「あれっ、マナツに聞いてなかったのコスプレの話」

「いや、聞いてたけど」

「小学校からやってたの」


 どっひゃ。こりゃ筋金入りのアニメ・オタクだ。画像も見せてもらったけど、


「こ、これが小学五年生だってウソだろ」


 まるで妖精のようなコスプレに腰を抜かした。こんな時代の陰キャじゃない諏訪さんを知っていれば、今泉が惚れたのもわかった気がした。ここまで来れば、年齢を逆の意味で越えてる気がした。世の中には想像すらつかない人がいるものだ。


「それとね、自慢じゃないけど、寄ってくるのが多くてウンザリしてたのもあって・・・」


 同級生とかを考えたら甘かった。芸能事務所からスカウトがワンサカ来たって言うんだよ。諏訪さんはコスプレこそ好きだだけど、芸能界には興味がないそう。だから匿名のコスプレイヤーと普段を分けて暮らしたそう。


「でも陰キャやったらイジメに遭って。助けてくれたマナツには感謝してる」


 そういうつながりになるわけか。


「ところで今泉は昔から好きだったの?」

「健太郎は嫌いじゃなかったけど、やっぱりさぁ・・・」


 ああ、あれか。諏訪さんから見ればガキに見えて恋愛対象にならなかったのか。あれだけの人気コスプレイヤーだから、年上の男の知り合いも多そうだものな。


「その辺もあるかな。どうしても友だちにしか見えなくてさ」

「だったら、いつ」

「あの日に決めた」


 あの日って罰ゲーム告白の日になるけど、それぐらい今泉に気が無かったのか。いや、そうじゃなくて今泉のアタックにどう答えるか悩んでたんだろうな。


「それもあったけど、かなり心が揺らいでいるところがあったんだ。だいぶ迷ったんだよ。でもあの時の健太郎を見て成長したと思ったんだよ」

「それって一人前の男になったのを認めたってことか」


 諏訪さんはちょっとだけ寂しそうな顔をして、


「最後は健太郎の気持ちの方を選んじゃったぐらいかな。でも、これはこれで良かったと思ってる。選択に後悔していないからね。理子では届かなかったものね」


 となると諏訪さんは今泉以外に好きな男がいたことになる。その男と今泉を天秤にかけるような格好になって悩んでいたのだろうか。誰なんだろう。今泉でも悩むぐらいだから、さぞやイケメンんなんだろうな。それも年上の男の気がする。

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