最弱職が世界最強になる為に必要な三つの条件

黄昏時

第1話 転生と後悔と可能性

 唐突だが俺は転生者だ。

 この異世界に転生し生を享けて早三年。

 最初は勿論異世界に転生したことに歓喜し、希望に満ちていた。


 だがこの世界の事を理解していくうちに、ある疑念を抱き始めてしまう。

 その疑念は徐々に俺の歓喜を悲哀に、希望を絶望へと変えつつあった。

 そして今日、その疑念が確信へと変わってしまった。


「初めまして、本日お隣に引っ越してきた夫のサイラスです」

「妻のライラです」

「…………」


 隣に引っ越してきたと言う彼ら家族を見た瞬間。

 より正確に言えば、ライラと名乗った女性の後ろに隠れながら怯えるようにこちらの様子をうかがっている少女を見た瞬間だ。


 彼女は俺とほぼ同じぐらいの背丈で、金髪の長い髪が肩まで伸びている。

 そして彼女の眼は左右で色が違うオッドアイ。

 長い髪の先に微かに確認できる眼は右目が金色で、左目が薄い紫色。

 通りの姿……

 

「すいません、この子凄い人見知りで。ほらフェリシア、自己紹介して」

「……ふぇり、しあ……です」


 少女は母親の後ろに隠れながら小声でそう言った。

 やはりそうなのか……

 俺は心の中でそう絶望しながらも、決して表情や態度に出ないように必死に平静を装う。


 彼女はそう言ったことに敏感で、その上非常に傷つきやすい。

 引っ越してきた直後だという事は、この時期は尚更だろう。


「これは態々ありがとうございます。私は妻のユリアナです」

「夫のパウルです」

「シルヴァンです」


 俺は子供らしく、元気にそう答える。

 この世界は残念ながら俺のよく知る世界……

 勇者召喚~神様からもらった加護と職業が強すぎてイージーモードな件について~と言うで間違いなさそうだ。


 長いので神加護と略すことにするが、要するにこの世界はその世界だという事だ。 

 しかしながら小説と言ってもだ。

 つまりは俺の創った物語の世界に、今俺は居るという事。


 自分が考え創った登場人物たちが生きている世界。

 本来なら喜ばしい摩訶不思議な状況なのだろうが、俺は悲哀と絶望に満ちている。


「これから色々とご迷惑をお掛けするとは思いまずが、何卒よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 そう言いながら両親同士が頭を下げあう。

 勿論、俺もそれに合わせて頭を下げる。

 こう言った事はちゃんとしておかないと印象が悪いからな。

 現に彼女……フェリシアも母親を真似るようにぎこちなく頭を下げていたしな。


「それとこれはつまらないものですが、よろしかったら皆さんで食べてください」

「クッキーですか?」

「はい」

「すいませんこんなものまで用意してくださって、ありがたく後で頂きます」


 母さんがライラさんからクッキーの入ったバスケットを受け取りながら、楽しそうに話し始めた。

 これは……長くなりそうだ。


 チラッと父さんやサイラスさんの顔を見れば俺と同じ事を思ったようで、少し苦笑いを浮かべていた。

 にしてもこの村がフェリシアが引っ越してくる村だとは……


 正直一番最悪なケースだと言っても差し支えないだろう。

 何せこのまま何もせず俺の考えた話通りに進めば俺は数年後、間違いなくんだからな。


 しかも今の俺にはその未来を変えられるだけの力はない。

 更に残念な事に、今後手に入れられる可能性も限りなくゼロに近い。


 だからこそ俺は悲哀と絶望に満ちているのだ。

 とは言え甘んじて死ぬつもりはない。

 その為には現状を整理するべきだろう。


 まず神加護の世界は、元の世界以上に不公平で不平等な世界だ。

 この世界は生まれた瞬間に与えられる職業によって、人生をほぼ強制されてしまう。


 与えられた職業が戦闘職であった場合、どれだけ争いが嫌いでものづくりが好きであろうと、生きるために戦いを強制される。

 逆に与えられた職業が生産職であった場合、どれだけものづくりが嫌いで争いが好きであろうと、戦闘職に勝つことはほぼ不可能だ。


 因みに俺のステータスはこんな感じだ。



名前 シルヴァン  職業 翻訳通訳士


レベル 1

体力  4/4   

魔力  2/2 

攻撃力 1     

防御力 1    

敏捷性 2     

精神力 3    

運   15    



称号

 

▼スキル

 [翻訳Lv1][通訳Lv1]



 この数値が高いのか低いのかと聞かれれば答えは簡単……とてつもなく低い。

 この世界におけるレベル1のステータスの基本数値は運を除き、8~12が平均数値で、仮に低かったとしてもほぼ5を下回ることはない。


 そんな世界で運以外の数値が全て5未満など、絶望的だ。

 こんな絶望的な数値の理由はわかりきっている。

 俺の職業、翻訳通訳士の影響だ。


 この世界の初期ステータスは与えられた職業によって決まる。

 職業の能力に対する適性があるものはステータスが高くなり、逆に無いものは低くなる。

 なので同じ職業であるならば、レベル1の時はほとんど同じステータス数値になるのが自然だ。


 だがレベルが上がるにつれて、例え同じ職業であろうとステータスは人によって異なってくる。

 理由はレベルアップによって得られる能力値の成長がランダムだからだ。


 例えば最上位に位置する職業で適性のあるステータス値なら、8~10の三つの中からランダムで選ばれる、といった感じだ。

 で問題の俺の職業がどれくらいかと言うと、一応最上位の一つ下の高位職業だ。


 だがそれは複合職という特殊な職業だからに他ならない。

 実際の所、この過酷な世界で生きるには翻訳通訳士はあまりにも非力で、最弱職に分類されるだろう。


 その理由は簡単、適性のあるステータスが無いのだ。

 そのせいでレベルアップによって得られるステータス値は最低値の1~2のどちらかになり、結果としてどれだけレベルを上げようともステータスがほとんど伸びないのだ。


 だがこれが翻訳通訳士ではなく、翻訳士や通訳士であれば話は別だった。

 翻訳士や通訳士であれば適性のあるステータス値は体力・魔力・精神力の三つであり、レベルアップでそれらのステータスが3~4上がっていた。


 なのに何故その二つを併せ持っている翻訳通訳士には適性のあるステータスが無いのか?

 それはひとえに……強すぎるからだ。


 翻訳通訳士は言うまでもなく戦闘職ではない。

 だがそれら三つの適性があり、高位職業の枠組み通りにレベルアップでステータスが上昇してしまえば、他の戦闘職と遜色がない程の戦いが出来てしまう可能性があったからだ。


 つまるところ、作者の都合で弱くされてしまったのだ。

 そう……作者である俺の都合で。

 つまり俺は自分で創り出した最弱の存在へと転生してしまったのだ……


 自業自得と言われればそれまでだが、それでも絶望するぐらいは許されてもいいだろう。

 参考までに目の前に居る少女、フェリシアのステータスは確かこんな感じだったはずだ。



名前 フェリシア  職業 聖女・死霊魔術師


レベル 1

体力  20/20 

魔力  40/40

攻撃力 10    

防御力 20

敏捷性 20    

精神力 40    

運   60



称号

 【特異点】【聖なる加護】【死神の祝福】【対極者】


▼スキル

 [聖魔法Lv1][死霊術Lv1][光魔法Lv1][闇魔法Lv1]



 ステータス値に関してはうろ覚えだから多少ズレがあるかもしれないが、それ程大きくは外してないだろう。

 そしてこのステータスはこの世界の標準的な人間と比べてもかなり高い。


 その上職業も特殊で、称号やスキルも他の人間とは比べものにならないぐらい特別だ。

 つまるところ彼女はこの神加護の世界のの一人というわけだ。


 そして俺が数年後に死を確信しているのはそのヒロインであるフェリシアが引っ越してきたからに他ならない。

 彼女は十数年後、主人公である王都に居る。


 理由は過去に住んでいた村が魔王配下の魔族に襲われフェリシア以外に生存者は居らず、運よく王都から視察に来た心優しい騎士に保護されたからだ。

 その魔族に襲われる村というのが、恐らくこの村なのだ。


 しかも最悪な事に、それ自体は過去話として少し触れる程度で詳細は作者である俺ですらわからないときている。

 唯一わかるのは彼女、フェリシアの8歳の誕生日の早朝に襲ってくるという事だけだ。


 だがそれがわかっていたとしてもその未来を変える事は不可能だ。

 その未来を話したところで子供が気を引くために嘘を言っていると思われるのは目に見えているし、仮に真剣に聞いてくれる人が居たとしても根拠を提示する事が出来ない話を信じてもらうのは不可能だろう。


 よって未来を変えるためには俺自身が行動を起こすしかないわけだが……先程確認した通り俺のステータスはこの世界において最弱。

 そんな俺が動いたところで魔族の侵攻に対抗するのが不可能な事を、作者である俺が一番知っている。


 俺がそんな事を真剣に考えていると、不意に俺に向けられる視線に気づく。

 その視線はライラさんの後ろに体を隠しながら、こちらを訝しむように見つめるフェリシアのものだった。


 しまった!

 今の彼女が他者の心の機微に特に敏感だという事はわかっていたのに、つい話が長くなりそうだったので別の事を考えてしまった。


 流石に何を考えているかまではわからないだろうが、俺が何か別の事を考えながら絶望しているという事ぐらいは恐らく感じとったはずだ。

 そして今の彼女ならそれが自身に向けられた感情だと思い込んでしまった可能性が非常に高い。


「明日この子の誕生会をするんで、よかったらいらしてください」


 俺がフェリシアに対して声をかけようとした直後、そんなライラさんの言葉が鮮明に聞こえてきて、出そうとしていた言葉を飲み込む。


 誕生会……

 その言葉が頻りに頭の中で繰り返される。

 何か……何かあったはずだ……


 …………そうだ!

 あの人が来るんだ!

 ……待てよ?

 

 なら、を獲得できるかもしれない!

 もし仮りに獲得できたとすればあそこに行ってを入手して、更にが獲得できれば……可能性があるかもしれない!!


 もし仮にそれら全てが出来れば、俺は主人公より……いや、それどころかこの世界で最強になれるかもしれない!!

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