大鷲は大空を飛ぶ

明弓ヒロ(AKARI hiro)

第一章

大鷲は大空を目指す

第一話 中国のゴルバチョフ

「『ネットに負けるな地上波の限界に挑戦、本音で大激論 責任は俺がとる』司会の西あたるです」

 真面目さを繕った中年男の顔がアップでテレビに映った。


「本日は、首脳会談のため来日した中国のゴルバチョフこと汪思齐ワンスーチーについて、とことん議論したいと思います。議論に加わって頂くメンバーは、官房長官の民自党森田真一もりたしんいち、野党からは国民社会党政調会長久保田花音くぼたかのん、令和一新党党首金栗守かなくりまもる、日本の独立を守る会幹事長斎藤健介さいとうけんすけ、そして、辛口政治評論家の新藤太郎しんどうたろう、安全保障の専門家であるノースイースト大学国際政治学部客員教授ジェシー・バカラの6人です。最強の論客が勢ぞろいしました」

 カメラが一人一人ゲストの顔をアップし、それぞれのプロフィールテロップが流れる。


「議論を始める前に、視聴者の方が状況を理解できるよう汪思齐ワンスーチーがどんな人物なのか、今回の訪日がどのような影響を日本に与えるのか、簡単にご説明してもらえますか、ジェシーさん」

 西が背景説明をジェシーに振ると、ジェシーは知的な笑みを浮かべ、アメリカ人とは思えないネイティブのような日本語ですらすらと説明を始めた。


汪思齐ワンスーチーは国務院総理というポストについており中国の権力序列上ではNo2ですが、今の中国を実質的に動かしているのは汪思齐ワンスーチーだと言ってもよろしいでしょう。ただし、未だ中国共産党総書記兼国家主席の座に居座っている楊明明ヤンミンミンとは緊張関係にあります」


「それは、異例のことなのでしょうか?」

「はい、汪思齐ワンスーチーは次期総書記と決定視され、後は党中央政治局常務委員会での任命を待つばかりでしたが、楊明明ヤンミンミんが委員会の開催を先延ばしにしており、未だ正式な権力移行が為されていない状態です。汪思齐ワンスーチーは国民からの支持は高いのですが中国共産党の高官からは不人気で、両者の権力争いは熾烈で情勢は予断を許しません」

 西の質問に、ジェシーが口調に力を込めて返答した。


汪思齐ワンスーチーは国務院総理就任前は毛沢東思想を信奉するガチガチの共産主義者であると先進諸国から警戒されていましたが、国務院総理就任後、一転、共産党による一党支配を中止し、政党結社の自由、言論の自由、収監されていたジャーナリストや弁護士や活動家を開放、香港の一国二制度の再確認、内モンゴル、チベットの自治権の拡大及び人権を蹂躙していた指導者たちの迅速な処分と、誰も想像していなかった、まさに中国のゴルバチョフと称される民主化を進めました。昨年はノーベル平和賞を受賞し、現在世界で最も影響力のある政治家と評価されています」

 ジェシーの説明に合わせ、説明映像がインポーズされる。


「そして、汪思齐ワンスーチーが総書記就任後には日中米の三ヵ国で平和条約が締結される見込みです。今回の日本訪問は、その最後の地ならしと言って良いでしょう」

 カメラがジェシーから官房長官の森田へとパンする。


「たいへん難しい交渉となりますが、なんとしてもまとめる所存であります。日中米の間で平和条約が締結されれば、極東の平和が守られるのはもちろんのこと、極東が安定することにより、中東やアフリカの安全保障の強化、さらには世界経済への好影響と、人類史上未だかつて実現したことのない地球規模の平和で豊かな社会が実現するに違いありません。そのためには、我が党だけでなく、野党の皆様、何よりも国民の皆様、全てにご支援、ご協力頂きたいと、本日は政府を代表して、この場に参上いたしました」

 森田がカメラに向かって、深く頭を下げた。


「なるほど。ジェシーさん、森田さん、ご説明ありがとうございました。良いこと尽くめのようですが、他の参加者の方は何かご意見はありますでしょうか? 発言なさりたい方は挙手をお願いします」

「茶番だ」

 西の指示を無視して、挙手することなく日本の独立を守る会の斎藤がしゃべり始めた。


「斎藤さん、挙手を……」

「これは、アメリカと中国による我が国を弱体化させるための陰謀だ。平和条約締結に当たり、尖閣諸島沖を日中両国で共同管理する方針で交渉中だと聞いているが」

 斎藤が、森田を睨む。


「交渉中の条件については、お答えしかねます」

「お答えしかねますで済むと思ってるのか! アメリカの圧力で無理やり飲まされてるそうじゃないか。平和条約を締結して軍事費を削減したいのがアメリカの狙いだろう。そのため、日本を人身御供に差し出そうという魂胆だろうが。今まで散々、日米同盟でアメリカのご機嫌伺いをしてきて、なんだこの仕打ちは! 得するのはアメリカだけだ!」

 森田の政治家答弁に、斎藤が怒りをにじませた。


「現在、尖閣諸島では日本の漁船も危険な状態におかれておりますので、航海の安全が保障されれば日本側も得るものは大きいと思います。アメリカ政府としては、日本側の利益を考慮したうえで十分受け入れ可能な条件だと考えており、日本政府には現実的な対応を取るよう期待しています」

「余計なお世話だ! これは国家としての歴史と誇りの問題だ!」

 冷ややかなジェシーとの目線と、怒りが混じった森田の目線が火花を散らす。


「F35の配備計画も見直すそうじゃないか」

「それは、防空戦略そのものを見直しているからです。費用対効果を考えると高額なF35の配備を進めるよりも無人機の開発の方が効果的であり、そもそも、ステルス機がその効果を発揮するためは相手が自機を認識する前に攻撃する必要がありますが、事前警告なしで攻撃することは交戦規程上問題が……」

「ようするに世界最強の戦闘機の配備をやめるということじゃないか」

 森田の説明を斎藤が遮った。


「防空戦力の強い弱いは機体の配備状況や補給や補修の運用方針にも依存しますので、単純にF35が最強とは……」

「そういうのを胡麻化しというんじゃないんですか。航空自衛隊の主力機体は30年以上前に導入されたF15ですが、もはやF15は最新の最強戦闘機ランキングでは10位以内にも入っていません」

 軍事通を売りにする金栗が、茶々をいれる。


「だから、最強というのは簡単に定義できるものではなく、」

「私もF35の導入には反対です」

 最大野党の久保田が助け船を出した。


「私はF22ラプターが最強だと思います。悪役ですが、トランスフォーマーでも大活躍しています。私ならF22を導入します」

 助け船があらぬ方向に行った。


「そもそも、敵の戦闘機や爆撃機を撃墜するには、哨戒機と地対空の誘導ミサイルがあれば十分です。誘導ミサイルが使えないケースというと我が国の領土外での戦闘を想定しているのではないですか。マルチロール機は地上施設を攻撃する爆撃機としても運用可能なのだから、導入すれば、いたずらに諸外国を刺激するだけです。私は専守防衛に徹する限り戦闘機そのものが不要だと考えます」

 政治評論家の新藤が持論を滔々と述べる。


「皆さん、落ち着いてください! 本日の議題は、汪思齐ワンスーチーの来日についてで、」

 司会の西を無視し、

「F35の配備を進めろ!」

「絶対、F22です!」

「中国と平和条約を締結するならJ31という選択肢も」

「無人機の研究開発が…」

「戦闘機は日本には不要です」

 喧々諤々の議論が続いた。

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