第0章 グレート・ジャーニー

epigraph

「ずっと考えていた」

 上品だがこじんまりとした丸テーブルの上にティーセットが並び、肌が白く線の細い女と骨太で日に焼けた男が相対して座っている。

「故郷を抜け出して新天地に移住するような人は、どんなタイプの人なのか」

 女がティーポットの様子をちらと伺いながらぽつりと呟いた。

「ピルグリム・ファーザーズ?」

 男は学生時代の授業で習った単語を記憶の底から引っ張り出した。確かアメリカに移住した最初期のヨーロッパ人集団だったか……。

 二人は研究者の身分だが、特に男にとってこのての話題はあまりにも専門分野から遠すぎる。

「それもそうだけど、もっと大昔の話。出アフリカはわかる?」

「数万年も前に、私達の祖先がアフリカから世界各地に拡散していった歴史、のことか」

 女はカップへ紅茶を注いだ。かすかに漂っていた香りが一気に広がり二人の鼻腔をくすぐる。

「なんでわざわざ地球の裏側まで移住していったんだろうね。ずっと生誕の地でぬくぬくと暮らしていればよかったのに」

「やはり冒険心だろう。見たことのない景色を求めて旅をした者もきっといったはずだ」

「そう。その功績を讃えてグレート・ジャーニー偉大なる旅と呼称する研究者もいる」

「だが骨や遺跡がいくら出土しても、こればかりは推測の域を出ないだろう」

「ネズミでもオオカミでも群れを作る動物ならなんでもいいけど、群れを離れる個体は大抵、落伍者なんだよ。他の大半の個体と比べて力が劣っていたか、それともなにか性格的な問題か」

「偉大なる祖先は実は故郷を追い出された社会不適合者ばかりだったと?」

 男は携帯端末を取り出して操作し、女に画面を見せた。

「見ろ。現代の冒険者たちだ」

 発射場にずらりと並んだ宇宙船が白煙をまき散らしながら次々と発射していく映像だった。ニュースタイトルは「第三次火星移民船団、本日出発」。映像が切り替わり、宇宙服を着用した女性のインタビューが流れ始めた。移民船団のリーダーらしく、知性と体力を兼ね備えたいかにもな雰囲気が画面越しに伝わってくる。

 男が開発した人型機械、通称「拡張した人体EA」が正式採用され、十数機が作業機械として火星に送られることとなった。

「彼らはみんな選ばれしものだ。きっとアフリカを出ていった者達もそうだったはずだ」

「そうね」

 男は端末をポケットにしまった。だが女の表情を見るに反論として効果はあまりなかったらしい。男には未だ女の真意が読めなかった。

「だいたい、これは考古学の領域だろう。文化人類学者の君の専門領域とはちょっと違うんじゃないか」

 女は主にポリネシア地域を調査地とする文化人類学者だった。もし他の道に進んでいればサモア出身のロボット工学研究者と出逢うことなどなかっただろう。

「そうかもしれない。それどころか、たぶん他の分野も横断的に勉強しなきゃいけないと思う。心理学、社会学、生物学、天文学……」

 何故天文学が出てくる?

 男は疑問に思って紅茶を口に運ぶ手が一瞬止まった。

「その言い草からして、君が本当に追い求めている答えは別にあるようだな」

「そう。世界を旅したご先祖様の素性についてはあくまでその前提になる調べもの。数万年前の人類を調べることで、数万年後の人類の姿がわかる。予測できる」

「これはまた大きく出たな」

 アバウトすぎるが男は馬鹿にしたりはせず、いたって真剣な表情であった。女が冗談を言っているのか本気で言っているのかどうかくらいは判別できる程度の親密度であったからだ。

「できればこの予測は当たってほしくないんだけどね。まず分かりやすい目安になるのは火星。私の予測が正しければ、火星移民は遠からず失敗するよ」

 俺が携っている火星開拓に関して縁起でもないことを言うな。と男は思った。だがそういうストレートな性格に魅力を感じていることもまた事実であった。

「火星移民の失敗によって君の推論は補強されるわけか。で、要するにどう考えてるんだ」

「人類は絶滅する。永遠にこの星から出られないままにね。それがこの宇宙を遍く支配する法則」

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