第2章 お昼休みと恋愛お約束条項③

 放課後。帰宅すべく下駄箱に向かうとそこには見知った顔があった。


 言うまでもなく美月だ。どこか退屈そうに下駄箱に寄りかかる彼女は妙に絵になって、男女問わず周りの視線を集めていた。


 ここで声を変えたら俺にも注目が集まるだろう。それはちょっと避けたいところだが、ここで回れ右をしても問題を先送りにするだけだ。


 具体的に二つ。多分美月は俺が下駄箱にいくまであそこを動かない。そして恋愛シミュレーションがあるので、例え今日ここから逃げても遠からずこういう事態は起こるし、それを回避し続けることは出来ない。


 諦めて美月に声をかける。


「美月」


 俺の声に反応し、美月はぱっと顔を上げた。小型犬のように駆け寄ってきて、


「セーンパイ。美少女JKをお届けにあがりましたよー」


「いらん。帰れ」


「仕様により受け取り拒否はできません」


 仕様かー。仕様じゃ仕方ないな。


「そんなわけあるか。どうした」


「どうしたもなにも。一緒に帰るでしょう、普通」


 あー、そうか。そういうもんか……


「全然考えてなかった」


「そうかなーと思ったので私参上です」


 にこっと笑う美月。


「なるほど、明日から下駄箱で俺を待つのは止めてくれ」


「なんでですかー? 喜んでくれると思ったのに」


「目立つから。周り見てみろよ」


 顎で示してやると、美月は言われるまま俺たちを遠巻きに眺める生徒に目を向けた。美月が目を向けたことで皆一様にその場から去って行くが、俺たちに目を向けていたのは明らかだ。


「お前目立つから、できれば校内であんまりかかわりたくないんだけど」


「なんで私、目立つんですか?」


 上目遣いに尋ねてくる美月。なんて言われるか期待しているといった風だ。


「……一年が二年の昇降口にいりゃあそりゃあ目立つだろ」


「期待していた答えと違います……」


「そんな簡単に言うことでもねえだろ――場所変えようぜ。中庭ならまだ目立たない」


「はいです」




   ◇ ◇ ◇




 二人並んで――縦にだが――昼食を共にした中庭のベンチへと移動する。


 丁度開いていたそのベンチに腰を下ろすと、美月も並んで座ろうとする。それに先んじて俺は間に自分の鞄を置いてやった。


「……センパイ」


「うん?」


「こういうのは女子がやるガードでは?」


「お前ほっといたら密着しようとするだろ。恋愛交渉禁止。忘れたか?」


「忘れてませんよ。んもう。もう少しガード緩くてもいいのに」


 唇を尖らせる美月。なんと言えば納得して過激な行動を抑えられるだろうか。


 ……………………


「なんていうかこう、徐々に距離を詰めてく醍醐味とかな?」


「わかりました!」


 了解です、と頷く美月。意外とチョロかった。


 さて。


「一緒に帰りたいってことだが」


「はいです」


「無理」


「そんなあっさりと!?」


 がびーんと美月。


「俺バイク通学なんだけど。お前は?」


 一応周囲に人がいないことを確認し、小声で伝える。


「……バスです」


「だろ? さすがに二人乗りで送ってやるわけにもいかないし」


「えー、乗せてもらいたいです」


「無理無理。見つかったら停学は確実だぞ。そんなリスク冒したかないよ。言っとくけど俺だって着替え用意したり相当気を遣ってるからな?」


「センパイは二人乗りしたくないんですか? 私が後ろに乗るんですよ? そしたらこう、センパイの背中に触れるモノがあるじゃないですか!」


 両腕で胸部を強調するようなポーズをとる美月。大変魅力的なポーズではあるが。


「まあ……それはそのうちな?」


「! ほんとですか、嬉しいです!」


 しゅんとした彼女に言ってやると、ぱあっと表情が明るくなる。容姿が整っているだけじゃなく、こう百面相のようにころころ表情が変わるのは美月のいいところだと思う。感情を素直に顔に出す美月は見ていてとても楽しい。


 ……どうして美月の世界線の俺はこの子に迫られて絆されなかったんだ?


「それはともかく、基本的に一緒に帰るのは諦めてくれ。バイク通学とバス通じゃ一緒に帰るのは無理だろう」


「……センパイがバイク通学を諦めるという方法も」


「――私とバイク、どっちが大事ですかとか言い出したりしないよな?」


「降参です――さすがにそこまで面倒な女と思われたくないです」


 少し意地悪く言うと、美月は肩を竦めてそう言った。


「……じゃあ雨や雪の日は? センパイ、天気が悪い日はバスですよね?」


「よく知ってるな――それも未来で?」


「はいです」


「……バイトがない日はいいよ」


「――っ!」


 ふんす、と鼻息荒くガッツポーズを取る美月。


「雨、楽しみです!」


「そんなにか?」


「ですよー。そりゃあ一緒に帰るくらいは元の時間軸でも何度かありましたけど――恋人と一緒に帰るのは憧れでしたので!」


「カッコカリ、だけどな」


「……………………」


 半眼で俺を睨む美月。


「まあ、お前の話を聞いていたら俺にこだわる気持ちもわかるよ。でもそれは自分をないがしろにする理由にはならないだろ。放課後は自分の為に使う事も考えろよ。部活とか、友達付き合いとか」


「それをセンパイが言いますか」


「言うよ? 未来の俺を知っているなら説得力あるだろ?」


「センパイはそのあたり全然苦にしてませんでしたけどね」


 美月がそう言う。確かに、現状失敗したなーとは思うけど、それが後悔には全然繋がっていないからな。


「でもその方がいいんですかねー? 部活はともかく、今の私は元の世界線の私とだいぶ性格が変わっているので、その気になれば友人も作れそうですが」


「お前もか」


 友達が作るのが苦手なタイプだったのか。


「ええ、まあ。言いませんでしたっけ? センパイに出会うまで根暗で――陰キャだったんです」


「とてもそうは見えないが」


「好かれたくて一生懸命自分を変えたんですよー? 最初は話しかけるのもままならなかったので」


「そりゃあ――……なんて言えばいいのか」


「なにも言わなくていいので愛してください♡」


「雑。もっと丁寧に距離感計って?」


「オトコゴコロが難しい……」


 むう、と頬を膨らませる美月。


「……とにかく、基本一緒に下校は無理。そのつもりでいてくれ」


 告げると――今度は挑むような表情で俺を見上げる美月。


「――深町先輩のお家までご一緒するのも駄目ですか?」





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