第2章 お昼休みと恋愛お約束条項①

 結局感極まった美月と「不束者ですが」にやられて妙に照れてしまった俺では禄に会話も続かず、俺のバイトの時間が迫っていたこともありラインだけ交換してお開きとなった。


 正直夜には美月からの鬼のようなライン攻勢も覚悟していたのだが、バイト中に「明日からよろしくお願いします」の一文とスタンプが来ていただけで、それ以外には特になかった。


 しかし、しかしなぁ。恋愛シミュレーションか……正直高校在学中に彼女ができるなどとは考えていなかったし、後輩女子とこんな関係を結ぶことになるなんて夢にも思わなかった。


 あんな可愛い女子に好かれて悪い気はしない。しないが――美月はちょっと特殊すぎる。


 タイムリープ。現実に起こりえるようなことではない。しかし美月の態度から嘘は吐いているように思えなかった。妄想を本気で信じ込んでいると考えるより、本当にタイムリープを経験している――そんな迫力があった。


 彼女がタイムリープしてきた未来人であることは基本的に信じようと思う。いずれ彼女自身が宣ったこと――生徒会入りの件やバイクの技術など――で真実か否か証明されるだろう。それまでは彼女の態度や自信を根拠に信じようというのが俺のスタンスだ。


 そうなってくると頭を抱えたくなるのが彼女の情の深さだ。十年報われず、タイムリープしてやり直す機会を得てもなお求める――そんな価値が俺にあるのか疑問だ。


 突如目の前に現れた美少女に愛される――そんな棚ぼた的幸運に単純に喜んで飛びつく形になってしまったが、本当にあれで良かったのか、それも悩ましい。やはり恋愛シミュレーションなどという胡乱な関係でなく、しっかりと友人として互いの知るべきではなかったのか。それとも彼女が言っていたように俺の頭が固すぎるのか。どちらにしても今更やっぱナシは彼女が悲しむだろうな――


 などと考えていたら朝方まで眠れずに――


 ――明けて水曜、遅刻こそしなかったものの午前の受業は全て睡眠に費やしてしまった。


 そして昼休み。購買でいくつか惣菜パンを買い込んだ俺は中庭に向かっていた。俺は基本的には中庭のベンチで昼食を採っている。さすがに冬と雨の日は教室だが。別に浮いているとは言え邪険にされているわけでもないし、まして虐められたりもしていない。しかし居心地が悪いのは確かで、敢えてそこで昼食を――と思わないというのが実情だ。


 中庭にはいくつかベンチが設えてあり、その内の一つが俺の指定席だ。俺がそう主張しているわけではない。学校で浮き気味な俺が愛用していたところ、いつの間にか周りが遠慮してくれるようになっていたというだけだ。受業が長引いて出遅れてもこのベンチだけは空いているという徹底ぶり。ありがたくて逆に悲しくなる。


 いつでも開いているのは昼休みだけなので、俺が使ったベンチは使いたくない、ということではない……はずだ。


 いつものようにそのベンチへ向かい――そして少々驚いた。先客がいた。


 まあ、こんな日が来るとは思っていた。明確に俺の指定席だというわけではないし、ましてや新学年が始まっったばかり。新一年生は俺がこのベンチを愛用しているのを知らないだろうし、知っていたところで学校の施設を昼休みに誰が使うかなど決まりがあるはずがない。俺だって先客に俺の使用権を主張するつもりは毛頭ない。むしろ今までがおかしかったのだ。


 他のベンチも空きがない。なら教室に戻ろうか――そう考えて踵を返しかけたとき、


「センパーイ」


 声がした。聞き覚えのある声がした。その代名詞に周囲の生徒の視線が集まる。


「センパイ」


 改めてベンチに目を向けると、満面の笑顔で手招きしている美月がいた。


 立ち去ってしまいたい衝動に駆られるが、周囲の注目を集めてしまっている。俺は仕方なしにベンチに近づいて、美月に声をかけた。


「……………………やあ、奇遇だな」


「なんですかその嫌そうなリアクションは」


「……………………なんのことかな」


「センパイのいじわる。それがカリカノにする態度ですか?」


「……なんだ、カリカノって」


「仮の彼女の略ですよ――恋人カッコカリより可愛くないです?」


「……可愛いかどうかはともかく、支払いが発生する関係を予感させる響きだな」


 忌憚のない感想を告げると美月が半眼で睨んできた。こほんと咳払いで煙に巻き、


「……美月はここで昼飯か?」


 尋ねると、美月は嬉しそうに頷く。


「はい。センパイと一緒にお昼しようと思って待ってました」


「……なぜここで?」


「このベンチがセンパイの指定席だってことを知ってるからですよ。センパイのお昼はいつも惣菜パンだってことも」


 そう言って彼女が掲げて見せたのは、女子一人には量が多そうな弁当袋だった。


 誰が聞き耳を立てているかわからない。一応声を潜めて――


「タイムリープで知ってるってわけか」


「はいです――ほら、センパイ」


 彼女はそう言ってぽんぽんとベンチを叩き、自分の隣に座れと促してくる。


「まだ入学したばっかだぞ。クラスメイトと交流しなくて大丈夫か」


「センパイがそれを言いますか――大丈夫ですよ。ほら、あそこ」


 言って美月は向かいの校舎の三階を指し示す。視線を追うと、窓から女子生徒が何名か顔を出していた。むう、三階は一年生のクラスだな。


「ここ、うちのクラスから見えるんですよね。センパイとお弁当デートって言ったら、みんな気持ちよく送り出してくれました」


「……おい」


「みんな見守ってくれてますね。さ、センパイ」


 クラスメイトに手を振って答えながら、美月。再び自分の隣に座れとばかりにポンポンとベンチを叩く。


「こんな見世物みたいな状況で飯が食えるか」


「ミニハンバーグ――」


 言ってやると、美月は目を伏せてそっと呟き始める。


「卵焼き……ひじきの煮物、わかめご飯……一生懸命作ったんだけどな。食べてもらえないのかな」


「聞こえるように言うのやめろよ……」


 そんな風に言われては胸が痛む。諦めて美月と離れてベンチに腰を落とすと、すかさず美月が体を寄せてきた。肩が触れそうになり、ドキリとする。


「近いよ」


「私のセンパイへの気持ちの現れだと思ってください」


「恋愛交渉禁止」


「触れてないじゃないですかー」


「それにしたって食べにくいだろ」


 肩のあたりで俺のシャツと彼女のシャツが触れていることが衣の擦れる感触で伝ってくる。思わず体が強ばってしまい、それでもなんとかそう言うと、


「もう……そういうことにしといてあげます」


 美月は見透かしたように微笑んでほんの少し俺との距離を離した。それでもちょっと身じろぎすれば体が触れ合う距離だ。正直なところ、緊張してしまって飯どころじゃない。


 当の彼女は、弁当の包みを広げながらご機嫌で、


「センパイに食べてもらえると思ったら料理してて楽しかったです」


「まだ食べるって言ってないだろ……」


「私、知ってます。センパイはそんなこと言っても食べてくれるんです。自分に向けられた厚意を無碍にできる人じゃありませんからね」


 言いながら美月は俺の手から紙袋を取り上げて代わりに弁当を手渡してくる。


「さ、食べてください♡」





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