真夜中の泥

坊主方央

第1話〜真夜中の泥

最寄り駅から降りて、私はこの土砂降りの雨の中を歩いていた。すっかり辺りは真っ暗で街灯が光をくれているだけまだマシだった。


「はぁ…なんで土砂降りの雨ん中帰らなくちゃなんないの?」


居残りで補習を受けさせられた私は鬱憤が溜まっていた。それに加えてこの雨で、更にイライラが増していた。


「まぁ、後もう少しで帰れるからいいけど。でも帰ったら、お母さんに怒られるのは確定してるし。ダルいなぁ。」


普段、帰っている道はあまり人が居ない。だから私は好んでこの道を通っていた。この道にいつもいるオジサンは、私によく挨拶をしてくる気の良いオジサンだ。


「あ、今日は居ないんだ。」


いつも居るところには、ただ水溜まりがあるだけだった。ずっと立ち止まっていると段々靴から泥水が侵入してきた。


「うわっ、気持ち悪い!さっさと…」


靴の中の不自然な冷たさが足を刺激する。それが凄く気持ち悪くて、さっさと帰りたかった。


「なんだろう、この足音。」


水音が跳ねる音が聞こえ、段々と自分の方に近づいてくるのが分かった。この道に自分以外の人が通っているのは珍しいが、そこまで気にする必要もない。


さっさと靴の中に入った泥水を取りたい一心で、すぐに前に進んだ。


(いつも後ろには誰も居なかったから新鮮…だけど、何か怖くなって来ちゃった。)


少し怖くなった私は、早めに歩く。怖いせいなのか後ろの人の足音が、早くなった気がするのだ。


(気のせい、気のせい。気の所為なんだからもっと早く歩こう…!)


私はもっとスピードをあげた。また、足に泥水が侵入してきたが気にする暇もなかった。あちら側の足音も早くなったからだ。ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃと水の跳ねる音が私に近づいてくるのが肌で分かる。


(もう、誰なの!こっちに来ないでっ…え?!)


地面には硬い石があり、私はそれのせいで転けてしまった。思いっきり地面に体が打ち付けられて服も体も泥まみれになってしまった。そして、ぴちゃぴちゃ音は止まった。


「あ、ああ、」


こんな時に誰か居てくれたらよかったな、と私は後悔した。顔はよく見えないが、私の目の前にある包丁で全てを察した。体の筋肉は言うことを聞かず、心臓が全身にいくつもあるのかと思ってしまう程、心拍数は上がっていた。


「嫌っ、いやぁ!!」


何とか手で体を起こし、泥まみれの手でソイツを押しのけた。鞄や傘は置きっぱなしにして、死に物狂いで走った。雨は私を刺すかのように冷たく、鋭く、皮膚に乗っかる。


「あ、あ、あった…!あった…!」


オジサンの家は空いてる。ここには不審者が出た時にいつでも来ていいと、オジサンが言っていたのを思いだしてすぐさま入った。玄関には泥がついてしまったが、私は気にする余裕もなかった。


(あっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけあっちいけ!!!)


神に祈るように、何処かに行って欲しいと願った。それは叶えられてあの足音は何処かへ消えてしまった。しばらくすると、ドアが開かれる。


「大丈夫だったかい?もう安心しなさいな。オジサンは居るよ。」

「あぁ、怖がったぁ…!」


親しいオジサンがおり、安心から泣き出してしまった。涙で前は見れなかったが、私はこれでもう大丈夫だと思い、おじさんを見た。


「あーあー、こんなに泣いたら目が腫れるだろう?タオルを持ってくるよ。リンゴも食べるかい?道具は今持っているから…。」


オジサンの顔は酷く優しいのに私はその服についた泥の手形で更に泣いた。











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