理想の男ここにいますよ

@fukiko

第1話


1


終わった・・・・


そんな言葉が明の脳裏に浮かぶ。

中学に上る前に、母親を亡くし。

婿養子の父に頼りなさを感じ、中学の時に家にあまり寄り付かなくなった。

ガラの悪い友人達と共に馬鹿な事をし警察のお世話になり、大人なんてとヤサグレた思春期を過ごした。

10代で既に波乱万丈な経験をした明にも、目の前が真っ暗&頭の中が真っ白になるなんて程の事は今まで無かった。

どんなに取り繕っても無理な事もあるんだと、悟ったのが27歳秋の出来事だった。

今この場には、一緒にトイレ待ちしていた取引会社の男。

そしてトイレから出てきた大柄のオカマの男。

そんな2人からの視線を無視し、明は現実逃避しようと視線をはるか遠い未来へと向けた。



遡ること・・・ほんのちょっと前



化粧品会社に5年勤めている、愛野明。

営業部で成績トップをキープしていた明だったが、3日前から商品企画部へと移動。

商品企画部の社員3人が一気に産休を取り、一時的だが他部から希望者を募集した。

入社当時から企画部希望だった明は、真っ先に声をあげた。

勿論営業部の上司から、反対された。

「お前を営業部に引き込んだのは俺なんだ。お前は絶対営業向き!何せその外面がいい!女も男もお前の顔には弱い!」

と今まで何度も何度も酔う度に豪語していた上司が、簡単に明を手放す筈がない。

どんなに新規契約を取り付けてきても、「やっぱりお前のその顔は営業向きだな」と明の実力は無視。

容姿が飛び抜けて良いのは、ママのお腹の中に居た時から自覚していたので本人は否定しない。

その事もあり、商品企画部でこれから実力が試されるとやる気に満ちていた。

そして新しい上司の梅沢と、取引先である広告代理店の担当者2名と共に居酒屋で顔合わせを行っていた。

名刺交換を終えて、よくある談笑タイム。

お酒も程よく入ってきた。

相手は50過ぎの温和という言葉が似合いそうな、銀縁眼鏡の雀野さん。

恰幅の良い体型で、まん丸としたフォルムが名前通り雀を思い起こす。

そして、もう一人は・・・・明の元上司が好きそうな、顔面偏差値バカ高の白田という男。

年齢は明とそう変わらなそうだ。

もう冬に突入するのに、彼の周りには春風がそよいでいるのかの如く笑顔が爽やか。

スーツの広告の様にぴしっとお高そうなスーツに、ベストを着こなすモデルの様だ。

社内にもベストを着ている社員は居たが・・・無理があった。

骨格が細い胴長短足の種族である日本人には、ベストが浮いて見える。

これ程似合う男にお目にかかったのは初めてと言っていい程、目の前の男は格好良く着こなしている。

そして中身の偏差値もバカ高だった。

梅沢の寒いジョークにも、春風香る笑顔で対応。

職場でジョークを言う梅沢に「ー5度気温下がりました」「梅沢さん見て、オレの表情・・・表情筋死んでるでしょ?」と返す明。

白田と同じく顔面偏差値が高いはずの明とは、全く中身が違う。


そして体格差も・・・

お手洗いへと立った白田に、遅れて明も追う。


「今、入ってますよ」


一室しかないトイレの前で鉢合わせになれば、白田はニコリと笑顔で明に伝える。

その笑顔を直視し、思わず眩しそうに目を細める明。

こんないい男も出すものは出すんだなと、心中で思いながら男の隣に立つ。

そうすれば、相手の身長を嫌という程自覚するわけで。

座敷にピシッと背筋を伸ばして座る相手にもそう思ったが、立ち姿も芸術的に絵になる。

明自身も身長は178と高い方だ、だが肩の位置も腰の位置も白田のほうが高い。

184センチある叔父と身長は同じに見えたが・・・・・足の長さが違うとひと目で解った。

そして、横目で白田のベスト越しの体つきを見る。

ウエスト周りはスッキリとし、ベスト越しからでも解る微かに盛り上がっている胸筋。

肩幅もしっかりとし、過去に本格的にスポーツをしていたのか、それとも続行しているのか・・・羨ましい程の逆三角の体型だ。

見えない服の中も抜かり無く鍛えられ、顔、性格、肉体と全てに完璧。


明の理想の男、そのもの。


といっても、ゲイを装っている時に明が口にする理想だ。


身長180以上で筋肉バッキバキのモデル体型、顔面偏差値東大クラス、性格は羽毛のように暖かく柔らかで、初な少女のように清潔感ある真っ白。大手企業に努めて年収800万超え。そしてつい一昨日追加したオプション、持続性抜群の床上手。


そんな奴は居ない。

居ないから、そう口にしていた。

居ないと思っていたが、目で見て分かる範囲や飲みの席で見せたイメージでは、理想像に近いものがある。

だがそれが全て当て嵌まったとしても、偽りの理想なので、好き!結婚して!とはならない。

エレベスト並みに高い理想を語っているのには、理由があるからだ。


「愛野さん、お酒強いんですね。あれだけ飲んでも、顔色変わらないなんて羨ましい」


微笑みなら話題を降る男に、明は我に返りお相手を見上げる。

一応他社の人間なので猫を被り、明もニコリと笑いかける。


「白田さんは弱いんですか?あまり飲んでないですよね」


「はい、情けない事に・・・接待に向かない人間でして」


形の良い眉をハの字にしてははと笑う男に、そんな表情をしても絵になるなと思ってしまう。


「相手を満足させる腕が無いから、お酒の力に頼るんでしょうけど。白田さんはお酒必要ないじゃないですか?うちの上司、とても上機嫌ですよ。初めて見ました、あんな梅沢さん」


エアコン強めてくれ!と叫びたくなった梅沢のジョークを、ずっと笑顔で聞いていた男。

きっと社内の女子社員も虜しているのは想像つくが、取引先のおじさんも虜にする嫌味のない爽やかさがあるのあろう。

会社の女子から一歩引いて見られている明とは大違い。

それでも取引先のオジ様達からは愛されている明、それも猫を被っているからだろうが。

といってもモテない訳ではない、上司にもハキハキした態度を取る明は後輩男子から憧れの対象として見られている。


「あっ危ないですよ」


トイレの扉が開き、目の前の男の手が肩に伸びる。

少し通路が狭い場所にある、一室しか無い男子トイレ。

個室から出てきた人間にぶつからない様にと、白田の手によって引き寄せられる。

男の首元に明の鼻先が近づき、相手の体臭とシャツの柔軟剤の香りと・・・首筋から細やかなムスクの香り。


あぁ・・どこまでも完璧な男だわ。

オレが女なら、これだけでご飯5杯いける。

相手が清潔感あるいい男だからか、嫌悪感を感じず他人事の様にそう思う。


「あら~~・・ごめんなさいね」


背中から聞こえた、野太い男の声。

だが口調が・・・・女だ。

あれっと明は思い、首を捻りトイレから出てきた男を確認する。


「!?」


「あらあら」


縦にも横にもデカイ男と目が合うと、明は咄嗟に顔を反らす。

口の周りには髭を生やしているのに、バッチリメイク。

服装も赤や黄色や青の統一感の無い色合いで、中性的なデザインのトップスとレギンス。

まさに顔見知り・・・・

何故こんな所にと、内心焦りに焦る。

どうか空気を読んで、さっさとこの場から消えて欲しいと願う。


「明ちゃんじゃない!!こんな所で偶然ねぇ、今日はお店お休みだったのね~~~・・って・・あら・・あらら、もしかして」


ベラベラと喋る相手は、状況を把握して判断するという能力は持ち合わせていないようだ。

明は白田から体を離して、ベラベラおじさんこと桃ちゃんに向けてシーとジェスチャーする。

だが桃ちゃんの視線は、明を通り過ぎて・・・白田に向けられている。


「明ちゃんの彼氏!?やだ・・・・明ちゃんの理想の男って、彼氏の事だったのねぇ。あんなエレベスト級の男なんて居ないって馬鹿にしてたけど・・・居るのねぇ~。そもそも何で彼氏が居るって黙ってたのよ~~」


「ちょっ」


「あっそうね、一応店子(ミセコ)だから居ないって言わなきゃ駄目なのね~。大丈夫、内緒にしてあげるから。じゃないと明ちゃん狙ってる男どもがお店に来なくなるものねぇ~~」


内緒にする以前の問題。

取引先担当者の前で、遠慮なく爆弾を放り込む桃ちゃんに明は頭の中が真っ白。

背後に立っている白田の反応は無い。

どんな表情をしているのだろうと、後ろを振り返る勇気も明には無かった。



終わった・・・・



続く

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