第3話「ベス・オルコット」

 目を覚ますと、そこはお屋敷に隣接する寮の自分の部屋だった。

 同室であるリタさんを始め多くの先輩たちが、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。


「お、ようやく目覚めたかい眠り姫様」


 大柄で男勝りなリタさんが冗談を言うと、みんなが一斉に笑い声を上げた。


「ホントびっくりしたよ。あんた、気絶して運び込まれたんだから」


「しかもお姫様よろしく抱っこされてね」


「これでお相手がどこぞの殿方なら夢もあるんだろうけど、まさかのアリアお嬢様だってんだから……」


『ホントにねー』と、みんななぜか大爆笑。


「あ……」


 そこでわたしはようやく思い出した。

 あの後──大男を一発で蹴り倒したお嬢様が大男の仲間達相手にすさまじい乱闘を繰り広げたことを。


 ……いや、あれは乱闘というよりは一方的な虐殺だった。

 男たちの攻撃はお嬢様にかすりもせず、お嬢様の拳や足は面白いように男たちに命中した。

 小さな拳や白いドレス、ショートヒールがみるみるうちに返り血に染まり──

 周囲にいた人々はしゅくとして声も無く──

 あまりに凄惨な光景に、次々と周りのご婦人たちが気絶していった。

 情けなくも、その中にはわたしもいて……。


「あんたが寝てる間、大変だったんだよ? 記者さんたちがたくさん押しかけて来てさ。追い払っても追い払っても帰らないし……ホントにしつこいんだから……」


 リタさんがやれやれというように肩を揉んだ。


「記者さん?」


「そりゃそうだよ。ストレイド男爵家のお嬢様による真昼の決闘って、街じゃ大騒ぎらしいよ?」


「あ……そうか」


 決闘自体は珍しくないことだけど、女性が、しかも貴族の子女が起こすなんて前例のないことだ。

 街中はもちろん、噂話の好きな社交界でも格好の話題になるだろう。

 そんなことになったら、あの厳しいヘラ様がただでおくわけがない……。


「お、お嬢様は今?」


「ああ? そりゃあもちろんヘラ奥様の大目玉さ。もう一時間も経過してるけど、まったく終わる気配がない。自分の子供じゃないからって、あの人もよくよく……どこ行くんだい? ベス」 


「止めないと……お嬢様は悪くないって言わないと……」


 わたしはフラつきながらも立ち上がった。


「やめなよ。まだ寝てないと……それにあんた、お嬢様のこと嫌いなはずだろ? いつもいじめられてさ、もうお付きは嫌だって泣いてたじゃないか」


 リタさんの言葉に、先輩たちもそうだそうだと同意する。


「いくらお貴族様だからってさ、こき使い方がおかしいのよ。あれは人間じゃなく家畜の扱いね」


「そうよ、放っておきなさい。あんなコのためにあんたが矢面やおもてに立つことないよ」


「そうそう、いい気味ってもんさ」


「違うの。お嬢様は……」


 たしかについさっきまで、わたしはお嬢様のことが嫌いだった。

 先輩方の言うように、いつもひどくこき使われて、人間扱いしてくれなかったから。


 だけど今日、あの瞬間。

 お嬢様の中の何かが変わったのにわたしは気づいた。

 自分のことを『わたし』ではなく『僕』と呼び、喋り方も男の子のそれみたい。

 立ち居振る舞いも実に堂々としたもので、体の動きなどは常人のそれとも思えない。


 そして何より──


「わたしを信じると言ってくれて……、わたしのために戦ってくれて……」


 ドクンドクンと、急に動悸が激しくなった。

 なぜだろう、あの時のお嬢様のお顔を思い出すと、カッと頬が火照ほてる。

 お姫様抱っこされて運ばれたのだと考えると、熱いものが胸にこみ上げてくる。

  

 この現象を何と呼んでいいのかはわからない。

 わからないけれど……。


「わたし、ヘラ奥様に言ってきます。アリアお嬢様は悪くないんですって。お願いですから、叱らないであげてくださいって」


 先輩たちの制止を振り切って、わたしは部屋を飛び出した。

 

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