クールな悪役令嬢は元最強の"掃除人"! ~でもコミュ障なので、溺愛されると困っちゃいます~

呑竜

「プロローグ:僕は転生者だ」

第1話「特別な『任務』と乙女ゲーム転生」

 どこにでもある雑居ビルの二階の、年中薄暗い一室。そこが『組織』のアジトだ。

 アジトには『ボス』と名乗る国籍不明の中年男がいつもひとりでいて、めんどくさそうに『構成員』を出迎えるのが慣例だ。

 構成員の『任務』は諜報、扇動、破壊工作など多岐に渡るが、主に戦闘や暗殺を担当する者のことを『掃除人』と呼ぶ。


「おはようございます、ボス」


「おう、亜理愛アリアか」


 呼び出しに応じて訪ねてみると、ボスはリクライニングチェアをギィときしらせながら僕の方を振り返った。

 黒髪は鳥の巣のようにぐしゃぐしゃ、無精ひげは伸ばし放題でだらしない。

 服装は黒のスラックスと赤ワイシャツ、先端の尖った革靴。シチリア系マフィアを意識しているとのことだが、そのように見えたことは一度もない。


「おまえに『任務』がある。特別なやつだ」


 爪にヤスリをかけながら、ボスは言った。


「特別……国家規模の重要人物V.I.P.がターゲットということでよろしいでしょうか?」


 今まで僕が果たした中で最大の任務といえば、敵国の傀儡となり我が国の防衛基盤を破壊しようとしていた防衛大臣を何重もの警護の中で暗殺したことだが、それよりも上ということになるのだろうか。

 

 だとすると、これは心を引き締めてかからねばならないな。トレーニングをいつもより増して、シミュレーションにも時間を割いて……。『管理官』は誰だろうか。ジェーンなら信頼出来るが、ガードナーでは難しいか……。


「いや、今回は殺しじゃない」


「……殺しではない?」


 僕は首を傾げた。

 戦場で産まれ育ち、今まで殺し以外の仕事をしたことがない自分に、いったい何をさせようというのか?


「なあ亜理愛。おまえ、友達はいるか?」


「友達というと……人が自らの弱さ矮小わいしょうさを隠すために作ったある種の欺瞞的相互関係のことでしょうか?」


「……あーいい、もういいわ。その反応だけで十分だ」


 なぜだろう、自分で質問したくせに、ボスはハアとめんどくさそうにため息をついた。


「なあ亜理愛。『任務』はこうだ。『多くの人と接し、友達を作ること』」


「……はあ?」


 まったく想定していなかった内容に、僕は激しく混乱した。


「しかもあれだ。心の通った、本当の友達だぞ」


「いやいやいや……」


「あー、さっきも言ったけど、これは特別な『任務』だから。達成するまでおまえ、戻って来なくていいからな」


「はあああああーっ!?」




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 チクリとした頭の痛みと共に、僕は思い出した。

 そうだ、『掃除人』だった僕は、特別な『任務』の最中に敵組織の報復に遭って命を落としたのだ。


 今は亜理愛ではない、アリア・デア・ストレイド。

 歳も18ではなく、14歳のお子様になっている。


 見た目も大きく違う。

 今の僕は濁った目をしたアジア系の陰気な女ではなく、ストレイド男爵家の長女として蝶よ花よと可愛がって育てられた、生粋のお嬢様だ。

 銀そのものをくしけずったような髪は背中まで流れ落ち、アイスブルーの瞳は神秘的な輝きをたたえている。肌は雪のように白く、伸びやかな手足は一流の職人が生み出した工芸品のよう。

 きゅっとウエストの締まった白いドレスと街歩き用のショートヒール、緻密なレースの施された日傘という組み合わせは、印象派の絵画を思わせる。


 しかもこのアリア、ただの美少女ではない。

 中世ヨーロッパ風の架空の世界を舞台にした乙女ゲーム『ああ素晴らしきかな我が人生』の操作可能プレイアブルキャラの中のひとりである。


 結論を言おう──おそろしく酔狂な神のおぼし召しによって、僕は死の直前までプレイしていたゲームキャラに転生させられたようなのだ。


「なんてことだ……っ、ジェーンの口車なんかに乗せられたばかりにこんなややこしいはめにっ」


 僕は思わず頭を抱えた。


 友達作りの方法を学ぼうと日本オタクのアメリカ人である『管理官』ジェーンに相談した結果、薦められたのがこのゲームだ。

 プレイヤーは数人いる女の子の中からひとりを選択して、貴族子弟ばかりが集まる学園生活を楽しむ。最終的には攻略対象キャラに告白され、ハッピーエンドを迎えるのが目標。

 もちろんゲームなので、様々なエンディングがある。

 誰にも告白されないブルーエンド、女性キャラに告白されるガールズエンド、複数のキャラから告白される逆ハーレムエンド。そして……。

 

「しかも、こいつは数あるキャラの中でもダントツ不人気、かつどのルートを選んでも大抵死亡エンドか追放エンドになる、超々高難度の悪役令嬢じゃないかっ」


 死んで終わりではなく転生できたのはまだしもありがたいが、よりにもよって……。


「ん? でも、待てよ……?」


 僕はしばし黙考したが、やがてそんなにたいした問題でもないということに気がついた。


「そうだ、どれだけ難度が高かろうと、クリアするルートがあるならば問題ない。それを粛々しゅくしゅくと実行すればいいだけだ。なぁに、多少詰んでも、いざとなれば力に物を言わせればいい」 


 方針が固まると、一気に余裕が出来た。

 僕は改めて辺りを見渡し、自分の現在位置を確認することにした。


 抜けるような青空──行き交う人や馬車──店の軒先にひるがえる『剣を噛んだ獅子』の王国旗と『吊り合った天秤』の商会連合旗──ヴァリアント王国の王都フェザーンの目抜き通りの真ん中に僕はいる。


「……なるほど、買い物中だったようだな」


「お嬢様……っ、お嬢様……っ」


 愕然として立ち尽くす僕の腕にしがみついてきたのはベスだ。

 赤毛のお団子ヘアのベスはアリアと同い年の小柄な少女で、白と黒のエプロンドレスに身を包んでいることからもわかるように職業はメイド。


「なんだ、僕は今忙しいんだが」


「いいいい忙しいのはこっちもですうぅっ。というかお嬢様っ、こここここの状況、いったいどうすればっ?」


「はあ? 状況?」


 ベスは真っ青な顔でガタガタ震えている。

 もともと小心者のベスだが、それにしてもテンパり過ぎだなと思っていると……。


「おーい、お嬢様よう。知らんぷりしてねえで、いいかげんこっちを見てくれよ。なあおい、さすがに待ちくたびれちまったよ」


 いやに上から声が降ってくるなと思って振り返ると、そこにいたのは身長2メートル近い大男だ。

 筋骨隆々な肉体を真っ黒に日焼けさせているところを見るに、水兵あるいは港湾作業員といったところだろうが……。


「てめえのツレがしでかしてくれたこの不始末、いったいどうしてくれるんだい。おおー?」


「……不始末?」


 はてと思って大男の腰を見やると、シャツにブドウ色の染みのようなものが広がっている。

 足元には紙袋と割れたワインの瓶が転がっており、まるでベスが悪いような口ぶりだが……。


「だ、だ、だってあなたが凄い勢いでぶつかって来るからっ。わたしは避けようとしたのにっ」


 自分のせいではないと、ベスは必死で弁明する。


「はああー? なんだよお嬢ちゃん、俺が自分から人にぶつかっておいて金を要求するチンピラだってか? そいつあ聞き捨てならねえなあーっ!」 


「……ひっ!?」


 額に青筋を浮かべてすごむ大男に、ベスは完全に萎縮いしゅくしてしまった。


 ……ああ、これはあれだ。

 ボトルマンというやつだ。

 安物のワインを持って何も知らない観光客にぶつかり、高額品だと偽って多額の弁償を要求する詐欺の一種。


「とはいえ、俺も紳士だ。あんたらみたいな可愛いお嬢ちゃん相手にあんまり手荒な真似はしたくねえ。紳士らしく金で解決するとしよう、100万クラウンは下らねえところを20万クラウンでどうだ? んー?」


 大男は急に表情を和らげると、猫なで声で金銭を要求してきた。

 クラウンは円換算で1クラウン1円、つまりは100万円が20万円になるという破格の申し出……なわけはない。

 どこの何とも知れない安ワインを高値で売りつけようというのだ。

 しかもこちらが女子で、かつ貴族としての誇りを背負っているのを見越した上で。

 

「見たとこあんた、いいとこのお嬢様みてえだな。こういう醜聞は、お父様お母様に申し訳ねえんじゃねえのかなあー?」


 大男がこれ見よがしに両手を広げると、先ほどから固唾かたずを呑んで僕らのやり取りを見守っていた群衆が一斉に騒ぎ出した。


 ──あれってストレイド男爵家のご令嬢でしょ?

 ──どうするつもりかしら、まさか弁償せずに逃げるなんて……。

 ──まっさかあー、お貴族様がそんなことするはずないでしょうーっ。


 ひそひそ……ひそひそ……。

 よく見ると、群衆の中には大男の仲間と思しき連中がいて、周囲をどんどん煽っている。


「……ふん、チンピラのくせに周到な」


 状況はわかったものの、さてどうすればいいのかというと難しい。

 全員くびり殺すのは簡単だが、さすがにそんなことをすれば衛士えいしの手が及ぶだろう。

 破滅ルートがどうとかいう以前に普通に人生のゲームオーバーだ。


「すいませんお嬢様……っ、わたしのっ、わたしのせいなんです……っ。わたしがもっと注意して歩いていたら……っ」


 ベスはとうとう泣き出してしまった。


「……」


 罪悪感に背を丸め、顔に当てた両手の指の隙間からぽたぽたと涙をこぼすその姿を見ながら、僕はジェーンの教えてくれた情報を思い出していた。


「…………」


 ベスは哀れな女の子だ。

 病のせいで動けなくなった両親のため、幼少時から我が家で働いてきた。


「………………」


 アリアのお付きとして無茶ぶりによく耐え、叩かれたり蹴られたりしながらもここまで真面目にやってきた。

 にも関わらず……。 

 

「……………………」


 言っておくが、僕は僕だ。

 自我に目覚めたのすら、ついさっき。

 いかにベスが哀れだろうと、一切責任を感じる必要はない。

 ないのだが……。


「……ちっ」

 

 僕は舌打ちした。

 なぜだろう──その光景に、僕はとても腹が立った。

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