エピローグ 〜間宮悠一と三姉妹〜

第46話 間宮悠一と三姉妹


「――て、――さい」


 安眠の中で、微かに声が聞こえた。

 何と言っているのかはよく聞こえない、ただ甘ったるい声が俺に語りかけてくる。


「――きて、――さい」


 その声は段々と鮮明に、クリアになってくる。脳内に直接響くように聞こえていたその声は徐々に耳元の違和感へと変わる。

 そして。


「悠一さん、起きてくださいっ」


 揺らされ、ようやく俺は目を覚ました。目を開けたとき、そこは見知った天井だった。

 というか、俺の部屋だった。


「……俺の部屋に、どうして花恋ちゃんが?」


 逢坂家三女、花恋ちゃんは俺が冷ややかな視線と共に言っても、にぱーっと笑った顔は崩さない。


「そんなの決まってるじゃないですか」


 言いながら、花恋ちゃんは体を起こした俺にすり寄ってくる。


「そろそろお昼だからさすがに起こそうかと思って部屋に侵入したら、気持ちよさそうに寝ていたので優しく起こしてあげたんです」


 そう言って、ぱちりとウインクを決めた花恋ちゃんは俺の手に自分の手を重ねる。


「な、なに」


「起きてまだ頭がぼーっとしている時なら既成事実を作れるかと思って」


「花恋ちゃんがそんなことを言うからすっかり目は覚めたよ」


「あら、それは残念。こんなところお姉達に見られたら面倒なので、今日のところは失礼します」


 そう言って花恋ちゃんは立ち上がる。黒の上下セットのジャージに身を包む彼女、今日はどこにも出掛ける用事はないらしい。


「残念でしたね、花恋。しっかり見てましたよ」


 そんな花恋ちゃんの後ろで、お玉を片手に持った紗月がお怒りの様子で立っていた。

 ゴゴゴゴという擬音が似合うような迫力の紗月。俺の方を向いたままの花恋ちゃんは顔を引きつらせる。振り向く勇気はないらしい。


「今のは全部冗談だよ? 悠一さんへの寝起きドッキリなんだよ?」


 そして意を決して振り返る。

 紗月は笑顔だった。けれど、その笑顔が怖い。


「の割には、悠一は慣れた反応でしたけれど、それはどうしてでしょうか?」


「う、あ、え、っと」


 言葉という言葉を詰まらせた花恋ちゃんは挙句の果てに俺の方を見て助けを求めてきた。

 嘘でしょ、巻き込まないで!


「まるで、それが日常茶飯事だとでも言うようなリアクションでした」


「あ、あのね、月姉。違うの、いつも悠一さんがあたしにお願いしてくるの。朝起こしに来てって」


「おいコラ! 自分可愛さに平気で嘘をつくな! 俺は一度たりともそんなお願いした覚えはないぞ!」


「あー! 悠一さんってば、自分可愛さに平気で嘘をつくんだ! あたしだけを悪者にして自分は助かろうという魂胆なんだ!?」


 この子、なんて恐ろしいの!?

 俺は必死に俺を巻き込もうとする花恋ちゃんに何とか食らいつく。一人で紗月に怒られるなんてゴメンだぜ。

 いや、そもそも怒られる筋合いがない。


「もういいです。料理が冷めますので早く着替えてリビングに来てください」


 呆れたように言って、紗月はリビングへと戻っていく。というか、キッチンだな。あの感じ、まだ料理の途中なのだろう。


「ふう、何とか助かりましたね」


「どの口が言うんだ、そのセリフ」


「いやだなあ、あれは演技ですよ。月姉を騙すためのね」


「あれが演技だとすれば、花恋ちゃんは間違いなくMVP取れるよ」


 迫真の演技だったと思うよ。

 あの鬼気迫る表情は中々出せない。


「そうですかね、それはどうもです」


 褒めたわけじゃないのだけれど。

 いや、まあどうでもいいか。


「そんなことより、さっさとリビング行かないとまた紗月が怖いから着替える」


「あ、じゃあここで眺めてますね」


「出て行ってねって言ったつもりだったんだけど?」


「俺の肉体美を見てくれって言われたような気がしました」


「ほんとに、また怒られるから」


 だって。

 夏休みに入ってもう何回怒られたことか。それもこれも、花恋ちゃんのおふざけが原因で。

 本当に、寝起きドッキリを仕掛けられたみたいにぐったりとしながら、今日も一日は始まる。

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