第26話 逢坂深雪と秘密の一日デート


 聞くとどうやら昨日学校に行ったときに先生に貰ったらしい。有効期限もあるし、せっかくだからと俺を誘ったようだ。


「しかし、何でわざわざ待ち合わせだったんですか? 家を一緒に出た方が待ったりしなくてよかったのに」


 電車に揺られながら雑談を交わす。

 日曜日、ということもあり電車も人が多い。中でも家族連れが多いように思えるけど友達やカップルも見受けられる。


「チケットが二枚しかないからね、紗月ちゃんや花恋ちゃんにバレたら大変でしょ?」


「まあ、そうか」


「それに、待ち合わせとかした方がデートっぽいじゃない」


「デート?」


 深雪さんの口から出たその一言に反応してしまう。花恋ちゃんといい、この辺の人はその言葉を軽々しく使うけどそういうもんなのかな。


「デートだよ。違うの?」


「そう言うといろいろと語弊が生じるような気もしますけど」


「悠一くんは私とデートしたくないのかあ。小さい頃は喜んでくれてたのになあ!」


 はあーっと分かりやすく溜め息をつく深雪さん。そう言われるとこちらとしてもどう返していいか悩む。


「なんかデートって思うと意識しちゃうじゃないすか。ここは普通に遊びに行くって思った方が精神的に楽というか」


「デートだと思うと緊張するの?」


 つらつらと言葉を並べると俺の顔を覗き込んでくる。服装もだけど化粧とかも含めていつもよりおしゃれをしているから変に緊張してしまう。


「そりゃあんなの架空のイベントなんでね。いざ現実で起こるとなるとテンパるでしょうよ」


「へー、そうなんだ。そういうことなら仕方ないね」


 深雪さんはにこりと笑いながらこちらを向く。


「デートってことで」


 一つだけ言えることは、今日の深雪さんは中々に上機嫌だと言うこと。

 そんな彼女と電車に揺られること三〇分弱。電車の窓から見えてくるのはジェットコースターや観覧車といった目玉アトラクション。

 遊園地なんていつぶりか分からないくらい久しぶりなのであの景色を見るとテンションは上がる。

 俺自身があまりアウトドアな性格じゃないのでこういうところに来る機会がなかったのだ。


「深雪さんは遊園地よく行くんですか?」


 最寄り駅に到着し、電車から下りた俺達は改札を出る。駅の中もその遊園地のキャラクターで彩られており、この時点でワクワク感を煽ってきている。

 これから遊園地に行くであろう子供達のテンションは既に天井まで到達している。


「私も久しぶりだよ。子供の頃に家族で来たとき以来じゃないかな」


 舞木パーク。

 舞木町に隣接するように存在する遊園地らしく、この辺では最古の遊園地とさえ言われているそうだ。

 長年愛されているだけあって日曜日の客入りは盛大といえた。既に開園しているので長蛇の列とまではいかないけど、それでも列はできている。

 俺と深雪さんは列の最後尾に並ぶ。


「でも何で俺を誘ってくれたんですか? 紗月達だとチケットが足りないってのは分かったけど、友達とかいたでしょうに」


「そういうことを平気で聞くところはデリカシーが欠けると思うけれど。あれだよ、この前は迷惑かけちゃったし、そのお詫びというかね」


 この前、というのが何を指しているのかはすぐに分かった。そもそも今までを思い返しても俺が深雪さんに迷惑をかけられたのはこの前の熱で倒れたときだけだ。

 別にあれだって、迷惑だとかは微塵も思ってないんだけど。


「別にいいのに」


「悠一くんは優しいからそう言うと思ったけどね、私が納得できないから。付き合ってくれると嬉しいな」


「それで満足するなら全然付き合いますよ。俺的にはタダで遊園地行けるわけですし、ラッキーだ」


 こうすることで自分の中で気持ちが整理できると言っているのだ。ならとことん付き合おうじゃないか。

 そんな話をしているといつの間にか列は進み、俺達の番になる。深雪さんの持っていたチケットはどうやら入場とフリーパスのセットらしく俺は本当に無銭で入れた。

 ゲートを潜るとまるで別世界のような景色が広がっていた。

 目の前には大きな火山。俺達を見下ろすような木々の並ぶ道をさらに進むといろんなアトラクションが目に入った。


「わあっ、すごーい! ねえねえ悠一くん、何から乗ろっか?」


 俺の腕を掴みながら、テンションが一気に上がった深雪さんが聞いてくる。

 普段とのギャップに俺は少し驚いていたのだけれど、そんなことさえ気にならないらしい。


「何か乗りたいものありますか?」


「んー、いろいろ気にはなるけど遊園地といえばやっぱりジェットコースターだよね!」


 園内マップを見るとこの遊園地にはジェットコースターが三つあるらしい。


「絶叫系とか大丈夫なんですか?」


「わかんないけど、大丈夫だと思うよ。もう子供じゃないからね」


 子供でも乗れるもの、子供も大人も楽しめるもの、そして子供は乗れないもの。最初だし二番目のコースターに乗るのが妥当だろうけど。


「とりあえずあれに乗ろう」


 深雪さんがクラーク博士のように指差したのは一番大きなジェットコースターだった。


「大丈夫ですか?」


「もちだよ。悠一くんこそ大丈夫かな?」


「まあ、たぶん」


 俺もずいぶん長いこと乗ってないけど、子供の頃も乗れていたし問題はないと思う。

 というわけでジェットコースターのところまで移動。舞木パークの目玉アトラクションの一つということもあって人気は絶大。列も他のに比べると長いように見える。

 並び始めて暫くの間は嬉々として話していた深雪さんだったけれど、コースターが近づくにつれ、その口数を減らしていく。

 ジェットコースターって近くで見ると怖さ増すもんね。わかるわかる。


「やめときます?」


「い、いやいや何を言ってるのかな悠一くん! ここまで来て戻るなんてナンセンスだよっ」


 さっきまでのテンションはどこに行ったのか明らかに不安げにコースターを見上げる深雪さんは崖底で助けを求める小猫のようだ。


「そこまで言うなら、何も言いませんけど」


 その後さらに口数を減らす深雪さんを見届けながら、ついにそのときはやってくる。


「やっとですね」


「……ほんと、待ちわびたよ」


 全然待ちわびてない顔で深雪さんは言う。しかし乗ってみると存外大丈夫というケースもあるし、ある意味待ちわびていたというのも間違いではないか。

 シートに案内されてベルトを締める。その後に安全バーを下ろすのだけど、このバーがロックされた瞬間がなにげに嫌なのだ。

 もう逃げられないのかと思うと多少なり怖さはある。


「大丈夫ですか?」


「……」


 明らかに大丈夫じゃなさそうだった。口数が減った、というかもはやなくなった深雪さんは顔を青ざめさせる。さっきまでの威勢はもはや微塵もない。


『それではスタートします』


 安全バーの確認を終えるとアナウンスが流れる。するとガコンと強い衝撃と共にコースターは前へと進む。

 カタカタと音を鳴らしながら巻き上げを上がるといよいよ落下直前だ。まるで地獄にでも案内されているかのような真っ青な顔をしている深雪さん。

 さすがの俺も余裕がなくなってくる。遠くで見るよりも近くで見た方が迫力あるが、近くで見るより実際に乗った方が何倍も怖い。


「……」


 そのときだ。

 きゅっと左手に温かみを感じ、何かと思い横を見ると深雪さんが俺の手を握っていた。


「えへへ、ごめんね」


 申し訳なさそうに言った刹那、コースターは急降下を始める。斜度的にもう降下というよりは落下に近く、その分スピードは早くなる。となれば体にかかるGも大きいので結果大変しんどいものとなった。


「っっっっっっ!!!」


 ちらと横を見ると歯を食いしばりながら目を瞑る深雪さん。本気の我慢の仕方だし、本当に怖いと声は出ないようだ。

 左手に強さを感じながら、コースターが終わるのをただひたすらに待つのだった。

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