第24話 お散歩


 翌朝。

 深雪さんの様子が気になった俺は中々に早起きをした。

 土曜日にしては驚きの早さである。

 しかし、俺が起きたときには既にリビングには深雪さんがいて、鼻歌混じりにキッチンで何かをしていた。


「おはようございます」


「あ、悠一くん。おはよー。今日は早くない? 土曜日だよ?」


 どうやら朝ご飯を準備しているらしい。

 深雪さんといえば壊滅級のクッキングスキルだが、さすがに食パンを焼くとか、その程度ならばできるらしい。


「まあ、深雪さん大丈夫かなと思って。そっちこそ早いですね。もう大丈夫なんですか?」


 俺が聞くと、深雪さんはぐいっと腕を上げてボディビルダーのような元気モリモリポーズを見せる。


「うん、おかげさまで。それに昨日寝すぎたから目が覚めちゃったんだ」


「紗月と花恋ちゃんは?」


 見たところ二人ともまだいないようだ。


「まだ寝てるよ。昨日帰ってくるのが遅かったんじゃないかな」


 昨日は疲れたから俺も結構早く寝たので、二人が帰ってくるのを見ていないのだ。

 けど家にいるということは遅くに帰ってきたのだろう。休みの日くらいゆっくり寝るといい。


「ところでですけど」


「ん?」


 食パンとスクランブルエッグ(ぎりぎり成功)を乗せたお皿をテーブルに運ぶ深雪さんに声をかける。


「なんで制服?」


 今日は土曜日だ。

 授業はないので学校に行く理由がない。部活動に勤しむ生徒くらいか。


「生徒会の仕事、昨日できなかった分を片付けたくて」


 そうだった。

 深雪さんは生徒会の副会長だった。俺とは違い、部活動に勤しむ側の生徒だったのだ。


「病み上がりなんだし、無理しないでくださいよ」


「大丈夫。ちゃんと朝ご飯だって食べるし……約束したからね」


 最近は朝を抜く姿もよく見たけど、確かにこうしてしっかり朝食も取っているところ改心はしたのだろう。


「ならいいんですけどね」


 そんな感じで深雪さんの出発を見届けた俺は二度寝する気にもならず、適当に飯を済ませて部屋でゲームをしていた。

 昼前になって、ちょっと目が疲れてきたのでゲームを中断してキッチンに喉を潤しに行く。


「あ、おはよーございます。悠一さん」


「花恋ちゃん、おはよう」


 リビングに行くと花恋ちゃんがテレビを観ていた。たぶん録画していたドラマだろう。


「昨日は結構遅かったみたいだね」


「あはは、ちょっと盛り上がっちゃいまして。雪姉怒ってなかったですか?」


「ああ、大丈夫だったけど……紗月は?」


「まだ寝てると思いますよ」


 休みの日は比較的ゆっくりするタイプなのは知っていたけどもうすぐ昼だぞ。ここまで遅いのは珍しい。

 この感じだとまだ起きてきそうにないし、それなら昼飯も外で済ませた方がいいかもしれないな。


「ちょっと出掛けてくるよ」


「え、今からですか?」


「ああ。紗月も起きてこないし、昼飯済ますがてら散歩してくる」


 ゲームばかりしていたら体がなまるしな。ランニングとかする気にはまだならないから、せめて外に出るようにはしようという考えだ。


「そーいうことならご一緒していいですか?」


「ああ、まあいいけど。別に目的地もないからフラフラするだけだよ」


「いいじゃないですか、お散歩デート。着替えてくるのでちょっとだけ待っててくださいっ」


 がっつり部屋着だった花恋ちゃんはルンルンとご機嫌な様子で自分の部屋に戻っていく。


「俺も着替えるか」


 別にふらっと適当に歩くだけのつもりだったのだけれど、横に花恋ちゃんを連れるとなるとちゃんとした方がいいだろう。

 ということでジーンズにパーカーと一応外行きの服に着替え、待つこと一〇分。ドタドタと慌ただしく花恋ちゃんがやって来る。


「お待たせしましたっ」


「じゃあ行こうか」


「はいっ」


 家を出る。

 学校や商店街へ行くときは右に進む。というか基本的にはどこに行くときも右に向かうので今日は左に行ってみる。


「こっち方面ってあんまり行くことないけど、花恋ちゃんはどうなの?」


「んー、そりゃ行くこともありますけど、明らかに頻度は少ないですね。何があったかと聞かれると答えれません」


 地元民でもそのレベル。

 ということはきっと何もないのだと思うけれど。今日に関しては散歩なのでそれでも問題はない。


「一応商店街には行けるんですよね。ただ明らかに遠回りになるので誰も通らないんだと思います」


「繋がってはいるんだ」


 ならちょうどいいし、そのまま商店街に行って何か飯食って帰るか。

 そんなことを考えていると、赤い鳥居が見えた。


「神社?」


「あー、はい、そですね。確かに神社はありました。お正月くらいしか来ることないので覚えてないですけど」


「へえ」


 言いながら、せっかくだし行ってみることにした。

 何というか、不思議な感覚に襲われている。つまるところはデジャヴュとか既視感とか、そういう類のものに当たるのだろうけど、何となく懐かしいと感じた。


「花恋ちゃんはあまり来ないんだよね?」


「ええ。何もないですし」


 鳥居を抜けると階段がある。

 見上げてみると結構長いので面倒くさいという気持ちが本領発揮するが、それ以上の好奇心が俺を駆り立てる。


「上ってもいい?」


「もちろん」


 花恋ちゃんも付き合ってくれるようで、俺は一段一段ゆっくり上がっていく。

 体力のない俺的にはずいぶんと辛い運動になる。ここ上ることを日課にしてもいいかもしれないな。

 ぜえぜえと息を荒げながらも何とか上まで辿り着いた俺達はさらに鳥居をくぐり神社の中に入る。

 どこにでもある普通の神社だ。今は時期が時期だからか参拝客も見えない。本殿の他にも休憩所などもあるようだ。

 境内が少し広い気がする。


「……」


「どうしました?」


 俺がぼーっと境内を眺めていると花恋ちゃんが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「小さい頃、ここに来たことある気がするんだけど」


「あたしは記憶にはないです。これでも悠一さんと行った場所は鮮明に覚えてるんですけどね」


「そ、そうなんだ」


「はいっ」


 俺が驚いていると花恋ちゃんは満面の笑みで答える。言い切れるのはすごいし、一層覚えていないことが申し訳なくなる。


「気のせいなのかな」


「それかお姉ちゃん達じゃないですか?」


「確かにね」


 信じられないけど紗月とは昔は仲がよかったらしいし、ありえない話ではない。


「まあいいか。戻ろうか」


「もういいんですか?」


「ああ、何か思い出したりするかなってちょっと思ったけどそんなことなかったし」


 それに、仮に思い出したからといって何かあるわけでもないしな。強いて言うなら胸のモヤモヤが晴れるくらい。

 けれど結局思い出すことはできなかったわけだし、ここで俺が取るべき選択肢は、あまり気にしない、なのだと思う。

 ということで、気にしないでいこう。


「何か食べたいものある?」


「お寿司とかいいですね」


 なんて話をしながら、俺達は神社をあとにした。

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