第2話 四つ足オオカミピッチャー

 新入部員の自己紹介が終わり、希望きぼう学園恒例の新入生歓迎マラソン大会が始まった。グラウンドを50周して、1位になった人は、先輩と混じって練習に参加できる。



 小野沢おのざわ監督の予想通り、桃野ももの栄治えいじが2位を半周引き離して1位になった。



桃野ももの! 日本一のバッティング見せてくれぇ」



 キャプテンが栄治えいじにバットを渡す。しかし、栄治えいじはバットを受け取らず、マウンドを指差した。



「あのぉ。弟を投げさせてもええですか?」


「えー。せっかく1位になったのに、もったいないなぁ。じゃあ、桃野もものの弟! 投げてくれ」


「はい……」



 鉄平てっぺいは沈んだ声で返事した。いきなり投げるのはこくなので、兄と軽くキャッチボールしてから、マウンドに上がった。



「さー来い!」



 去年の秋大会で4番を打っていたキャプテンが打席に入る。



 鉄平てっぺいはセット・ポジションから、ゆるいストレートを投げる。キャプテンはすかさず打った。



 カッキーン!!



「うおお、めっちゃ飛んだ」



 キャプテンの打球はセンター奥深くへ飛んだ。



鉄平てっぺい! 本気で投げろー!」



 栄治えいじが叫ぶも、鉄平てっぺいのボールは全く走らない。キャプテンは右に左にガンガン打ちまくる。



「さすがバッピーだな。コントロールが実にいい」



 キャプテンはうんうんとうなずく。他の部員達は「俺も打ちたい」、「次は僕でー」と、口々に手を挙げる。



 栄治えいじはマウンドへ走り、鉄平てっぺいにらむ。



「何や、そのピッチングは? お前の本気はその程度か?」


「そうだよ。しょせん、俺は兄貴の引き立て役や」



 鉄平てっぺいはスネて、兄の視線を合わせない。



「そんなんやったら、お前はオオカミやない。犬や、負け犬や!」


「ハァ? 負け犬……、誰が犬やゴルァ!!」



 鉄平てっぺいは怒鳴ると同時に、全身に銀色の獣毛を逆立てる。鼻と口が伸びて、鋭い牙がむき出しになる。野獣の眼光で低くうなり始める。



 銀色のオオカミと化した彼は、両手を地面につく。両腕は太くたくましくなり、荒野を駆けるのにふさわしい。



「ガルルルルルル」


鉄平てっぺい、落ち着け。キャッチャーに向かって投げるんや。ええな?」



 栄治えいじ鉄平てっぺいオオカミの頭をなでる。オオカミはウオーンと叫んでから、後ろ足でプレートを踏み、左の前足にグローブをつけ、右の前足の肉球でボールを挟んでいる。



「えっ? どうやって投げるんだ?」



 キャプテンがとまどう内に、鉄平てっぺいオオカミのボールを持つ右前足が上がる。そして、ボールをつぶすように投げた。



「ぐおおおおおおお!」



 ズドオオオオオオオオン!!



 あまりの豪速球で、キャッチャーの腹にボールが当たり、後ろに吹っ飛ばされた。キャッチャーの体は、後ろのフェンスに食い込んでいる。



「ひっ、ひえええええ……」



 キャプテンは腰を抜かし、小便を漏らしていた。



(続く)

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