特異点の弟子 ~世界最強の怪物に拾われた少年の、下町スローライフ。勇者は副業で倒します~

ヤマタケ

第1話 孤児の少年、遺跡の仕事に行く。

  家族のぬくもりを最後に感じた日が、また遠ざかっていく。


 いつも、目を開けるたびに、俺はそう思う。


 目を開けると薄暗い部屋で、俺と同じくらいの年の男たちがいるのが影だけでわかる。


 ここで眠っている男の顔はほとんど覚えていない。覚えたと思ったら、ふとした時にはいなくなり、また新しい顔が挨拶もせずに入っているからだ。

なんなら、起きた時には隣にいる奴が死んでいる、なんてこともある。


男たちと言っても、年齢は10代の前半から半ばがほとんど。そういう俺も12歳だ。


ここは孤児院……と言えば聞こえはいいが、実際のところはごみ溜めに近い。大人はいないし、金のない親から捨てられた子供が甘露しのぎで集まった結果できた孤児院っぽくなった、と言う方が正しいかもしれない。


 当然援助なんかもなく、ただ貧乏な子供が寝泊まりのためだけに使う場所だ。


 俺は寝台から起きると今着ている服のまま、外に出た。太陽はまだ登っておらず、灯りもないので真っ暗な道の中を、時々躓きながら歩く。どこに向かうかは、3年も歩き続けていれば自然に覚えられる。


 一家心中で俺だけ生き残り、こんな暮らしをするようになって3年が経つ。


心中の原因は借金苦だった。まあ、よくある話であるから、同情はもらえても慈悲はもらえない。


父の友人の借金の保証人として、名前を貸してしまったのが運の尽きだった。父の友人はどこかにいなくなってしまい、借金の肩代わりをさせられるようになった。


金の取り立てに大柄の男が毎日押しかけてくる。父と母は日々追い詰められて、やがて父は俺に暴力を振るうようになった。最初は数日に1回だったのが、どんどん回数が増えて行き、最後の方は毎日5回は動けなくなるまで殴りつけられた。


 母は娼婦として、たくさんの男と寝るようになった。時には、母と寝たという男が家に押しかけてきて、父と殴り合いのケンカになることもあった。そして、父は俺以外の男にはてんで勝てない男だった。


 最初はずっと家を空けていた母だったが、父に痛めつけられている俺を抱きしめるときはいつも泣いていた。そして父を罵り、父が母にも暴力をふるうのが俺の家での日常になった。


 そんなとき、父がいつものように俺を痛めつけた後、ポツリと言ったのだ。


「……死のう……」


 母はそれを聞き、泣きながら頷いた。


 その後、それまで暴力ばかりふるっていた父親が別人のように優しくなり、泣いたりわめいたりばかりだった母親は救われたように穏やかだった。いつもは出してもくれなかった食事を3人で食べた。


「ライド……ごめんね?」

「本当に、すまなかったな……ライド。でも、もう終わりにするから」


父と母は俺に謝った。俺は素直に嬉しかった。


「……いいよ。全然、気にしてなかったから」


俺たちは笑いながら毒入りの水を飲んだ。


 気付いた時には町の病室にいて、部屋を出るとにこやかな顔で死んでいる両親がいた。俺はそれを見て、自分だけ不幸にも生き残ったことを知った。


 病院を抜け出して、俺は一人で生きて行かなくてはならなくなってしまった。これを拭こうと言わずしてなんというのだろう。両親とともに死ねた方が、はるかに楽だったろうに。


 どうして、俺を連れて行ってくれなかったのか。いつも両親の笑顔を夢に見るたびに、そんな考えが頭をよぎっている。


 暗い道を歩いていくと、うっすらと明かりのあるあばら家があった。そこには誰もやりたがらないような汚い仕事を紹介してくれるおっさんがいる。このくらいの時間でないと、似たような境遇の男たちに仕事を取られてしまうのだ。


「……また来たか、クソガキ。ほらよ。」


 あばら家に入ると、ゴミを見るような目で俺を見るおっさんから一枚の紙をもらった。これは今日の現場のリストだ。その中から何ヵ所か選んで、仕事に行く。夜が明けてすらいないこの時間ならば、どこを選んでも余ることはないだろう。


 俺は一番報酬が多い場所を選んだ。現場がどんなところかはあまり気にしない。なぜなら俺にとってはシンプルで、「金がもらえるか、もらえないか」の違いしかないからだ。


「……あいよ」


 おっさんはとっとと俺を追い出したいのか、紹介状をさっさと書くと俺に手渡した。こっちとしても、こんな汚いところに長居はしたくない。


 あばら家を出て、現場に向かう。


 現場は、町はずれの遺跡だった。


***********************************


 現場に着くと、そこにはすでに複数の男たちがいた。揃いも揃って汚らしい恰好をしている。似たような境遇なのだろうが、ほとんどがどこかにシワやシミのあるおっさんばかりだ。

 俺の行ったあばら家のような仕事の紹介所はほかにもある。そこから来たのだろう。


 集団に混じると、そんな連中の一人が驚いたように俺を見た。


「……なんだ。お前みたいなガキがやる仕事じゃねえんだぞ」


 俺はそれを無視して、遺跡の方を見やった。


 遺跡の前で、複数の男女が何かを話している。何の話をしているのかは、聞き取ることはできなかった。仮にできても、どうでもよいことだ。仕事の内容は彼らから聞くことができるだろう。


 少し話をした後、一人の男が俺たちの方へとやって来た。でっぷりと太った、全く食うものに苦労していなさそうな、初老の男だ。


「聞け、お前ら!お前らの仕事は、この遺跡の採掘調査だ!」


 そして、目の前に採掘用のつるはしが用意される。ここにいるのは40人ほどだが、つるはしの数は半分ほどしかない。


「この遺跡は先日発見されたばかりの、国で管理している遺跡だ。地上の調査は終わっているが、遺跡の地下部分に隠し部屋がないか、調べてもらう。それと同時に、遺跡内にある宝物などの調査だ!」


 そして、集められた俺たちは調査班と運搬班に分かれることとなった。つるはしで壁やら床やらを砕き、中に財宝が埋まっていないかを確かめるのだ。そして、見つけたものはここまで持ってくる。


「いいか!日暮れまでには一通り終わらせろよ!」


 くじを引くと、俺は採掘班になった。つるはしを持とうとすると、後ろから肩を掴まれる。振り返ると、背の高い男が俺を見下げていた。


「おい、待て。ガキ、そのくじをよこしな」

「……なんで?」

「俺は採掘班になりてえんだよ」


「なんでさ?」

「いいからよこせってんだよ!ガキが生意気言ってんじゃねえ!!」


 肩を掴んだ男は、俺に向かって拳を振り下ろしてきた。

 もう何度も見てきた光景だ。別に驚いたりはしない。


 だが、男の拳は俺に届かなかった。

 後ろから、誰かが男の腕を掴んでいたのだ。


「……子供相手に何してるんだ。やめてやれよ」

「なんだ、てめえ!?」


 振り返った男の顔に、誰かの拳が入る。男はぶっ倒れてしまい、顔を押さえてじたばたとしている。


 男を殴ったのは、こんな仕事をいる割にはきれいな顔をした、若い男だった。多分、20代に行っていないんじゃないか。俺よりは年上だけど。


「……君、怪我は無いかい?」

「……ない」


 俺はそう言うと、つるはしを持って歩き出した。


「あ、待って!待ってくれよ!」


 俺と、若い男は俺を追うようにして、遺跡の中へと入っていった。


「俺はエヴァンスっていうんだ。君の名前は?」

「……ライド」

「ライドか。いい名前だな」


 エヴァンスという男は、つるはしをふるう俺の後ろで、延々と話しかけてきていた。


「いやあ、同年代、というか僕と同じ10代の人がいなくて、心細くてさ。君みたいな子供も働いているんだから、なんかほっとしちゃったよ」


 よくもまあ、そんな話ができるもんだと思う。俺は汗を垂らしながらつるはしをふるい続けた。


「実は、俺は貴族出身なんだけど、実家を追い出されちゃったんだよね。魔力がないってことでさ。うちの実家、魔法で有名な家系だから、家の恥になる前に出てけって。困っちゃうよねえ。それで、とにかく働かないと、ってことで、こんな暮らしをしているんだよ」


 俺は特段聞いているわけじゃない。だが、エヴァンスは俺が聞いていると思っているのか、話をひたすらに続けていた。


「心細かったんだ。こんな暮らしになってしまって、この先どうしたらいいのかって。でも、君みたいな子と知り合えてよかったよ。良かったらこれから一緒に仕事をしたいな。色々教えてほしいんだ。君の方が先輩みたいだから」


 よくもまあ、こんなに言葉が出るもんだと思う。きっと育ちがいいんだろう。貴族出身であるということすら、話半分に聞いていたので曖昧だった。


 俺はつるはしを振る手を止めた。そして、ため息をつく。


 結局、壁も床も掘ってみたが特に成果はない。運ぶようなものも、特段見当たらなかった。


「……戻るか?」


 エヴァンスは荷車いっぱいに土砂を積んでいた。俺が掘った石を、全部入り口に運ぶのだ。


 俺は薄暗い闇の向こうを見た。


 もう少し、探せば成果はあるかもしれない。


 そうすれば、報酬もちょっと上乗せされるかも。飯を、少し多く食えるくらい。


「先に戻っててくれ。俺、もう少し向こうを掘るから」

「あ、ああ。わかった」


 エヴァンスはそう言うと、荷車を運びながら去っていった。


 やれやれ。やっとうるさいのがいなくなった。


 俺はつるはしを担ぐと、そのまま奥の方へと進む。


 不意に、足元が沈んだ。

 そう気づいた時には遅く、俺の身体は奈落の底へと落ちていた。


 落とし穴の罠を踏んでしまったのだ。

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