第7話 出会った2人

「いささか油断していたとはいえ……完敗しました。見事な1本です」


 勝敗に難癖を付けるかと思っていたが、以外にもデーディリヒはあっさりと負けを認めると、レーアの前で跪いて臣下の礼を示した。

 若干キザで嫌味ったらしいところもあるが、そこは曲がりなりにも武人のはしくれ。剣技の勝敗に関しては真摯な態度をとってくれた。


「なら、今後私が機動甲冑の訓練に参加することを、デーディリヒは認めてくれるのね?」


 ふんぞり返って訊くレーアを相手に、デーディリヒは苦虫を嚙み潰しながらも「約束に二言はありません」と答える。


「他の動きはともかく、私を倒した剣技は見事です。アレがまぐれではなく確実に打てるようにする必要があるでしょうから、訓練はむしろしていただきたいと進言いたします」


 もって回した言いかたで、デーディリヒは今日以降の訓練への参加を認めた。


「何気に私を貶めている気がしないでもないけど、約束を守ってくれるのだから今回は不問としましょう。今日は疲れちゃったから、訓練は明日からお願いするわ」


 実際問題レーアの体は疲労困憊で、脚はがくがく息も絶え絶え。なんとか立っていられるのは、見栄と面子があるからで、正直なところ兵たちの目がなかったら今この場で倒れても不思議ではない。こんな状態でこれ以上の訓練などできるはずもない。


「今日の訓練はもう終わりにするわ。みんな帰っていいわよ」


 我がまま姫君らしい上から目線の物言いで半ば強制で訓練を終わらせると、レーア自身も踵を返して回れ右をした。


 そのまま武器庫に帰るかと思いきや、レーアは2歩3歩進んだところで突然ウィントレスの歩みを止めた。

 立ち止まって周囲に人影がいないことを確認すると、大きく息を飲み込みながら、甲冑の中に向かってあらん限りの大声で呼びかける。


「居るんでしょう? あなたは、誰なの?」


 唐突な呼びかけに〈えっ、オレのこと?〉と戸惑う翔太に畳みかけるように、レーアが「中に誰か、居るんでしょう? 分かっているわよ!」とさらに呼びかける。

 ここまで言われたらいくら翔太が鈍感でも自分のことだと気が付く。

 しかし、今の今まで翔太の声すら聞こえていなかった相手に、コンタクトなんかできるのだろうかと考えていたら〈あれ、そういえば?〉とハタと気が付いた。


〈とっさとはいえ、さっきはオレがこの甲冑を動かしたんだ〉

  

 デーディリヒが駆るドロールの胴を薙ぎ払ったのは、紛れもなく翔太の剣技。どうやらレーアにもその認識はあるようで、「言っていて自分でもムカつくんだけど、さっきの一太刀はワタシがしたことじゃないわ。誰だか知らないアンタの所作よね?」と、既に中に誰かがいるという前提でレーアが問いかけてくる。


〈その推理に間違いはないのだけど、このサイズの中に他人が居るなんてよく思いつくな〉


 レーアの直感に驚くやら呆れるやら。全高2メートル半の人型物体に、どうやったら人間が2人も入れるのやら? 真実はともかく、物理的にはどう考えても不可能だろう。

 それはともかく。甲冑の動きに干渉できたのであれば、レーアと意思疎通できる可能性はありそうだ。いかな夢の世界だとしても、単なる傍観者でいるのはどうにも歯がゆい。

 無い知恵を絞った末に何とか自分の存在を示せればと思い、翔太は思念に渾身の意志をのせてみた。


『オレの声が聴こえるか?』


 全身全霊で呼びかけてみると、果たして反応は……あった。


「えっ? 男? ウソっ」


 ただし状況は最悪。

 突然聞こえてきた翔太の声にレーアがパニくったのか、主が動揺して制御を失ったウィントレスの体がグニャリとよろめくと、姿勢を崩して前につんのめる。

 崩れるなんて生易しいものではなく、それこそ前のめりに崩れ落ちるが勢い。生身なら手をつくなどして衝撃を緩和するのだが、動転したレーアはそんな基本的な動作すらできずに固まってしまった。


『危ない!』


 今まさに転倒しようとする寸前。

 翔太の意志が優先して制御を奪うと、膝を付きながらもウィントレスは転倒することなく体勢を持ちこたえた。


 このキテレツな現象に驚いたのはレーアが先だった。


「何で勝手に機体が動くの……? ていうか、本当に誰かいたの?」


 自分で言っておきながら、まさか本当に誰かいるとは思わなかったようだ。

 常識で考えればレーアの言い分はもっとも。だが、翔太の意識はこの甲冑に実在するし、夢かどうかは別にしてもコミュニケーションは取れそうだ。


『自分から呼びつけてシカトするなんて、何気に失礼なヤツだな?』

 軽い怒りをのせて思念を飛ばすと、発言の粗相に気付いたのか、レーアが「そんなつもりじゃなくて」と再び動揺する。


「誰かがあの場面でワタシのウィントレスを動かしてくれたのは分かったけど、それがまさか男の人だったとは思わなかったし、ましてや一緒に乗り込んでいるだなんて、それこそ想像も付かなかったのよ」


 本当に失礼だと思ったようで、しどろもどろながらもレーアが素直に非を詫びる。

 そうなると翔太も我を張るわけにはいかない。


『いや、まあ。それが普通の反応なんだろうし、常識で考えると確かにあり得ない現象だよな』


 今の翔太はまるで憑依霊のように意識だけの存在なのだ。そもそも論として、こんな存在を信じろというほうにムリがある。翔太は『オレも大人げなかった』と反省の弁を述べながら、振り上げた拳を引っ込めた。


「でも現実問題として、アナタはそこに存在している。ワタシに代わってウィントレスを動かしたことからも証明できるわ」


 殊勝な態度をとった翔太な倣ったのか、レーアも現実を受け入れたように翔太の存在を認める発言をする。

 確かにそれはありがたい。ボッチで精神に変調をきたしたとか感がなくて良いので救われるのだが、証明となるとどうだろう。

 ボッチライフが長いが故に翔太はリアリスト。はしゃぐレーアに『あー。それな』と断りを入れたうえで、ひと言付け加える。


『物証ができないから、証言の信ぴょう性は薄いけどな』


 何せ確認しているのが当事者2人しかいないで、客観的にはレーアの妄想・妄言にしか見えない。

 その点を指摘すると、レーアが「グハッ」っとショックを受けたようで「そうよね。こんな突拍子もない出来事なんか誰も信じてくれないだろうし、傍から見たらひとりでブツブツ喋っている変な女にしか映らないわよね」といじけて後ろ向きの発言をブツブツとくり返す。

 

 ショックなのは分かるが、そこでループされるとひとつも前に進まない。


『いやいや。そんなリスクを負ってまで、わざわざ他の人に知らしめる必要があるか? 当事者のオレとアンタが事実を共有していれば良いと思うけど?』


 今の時点で大事なのは、レーアが翔太の存在を認めることであり、他の人間が認知をすることではない。逆に存在を知られて話が大きくなるほうが問題になりそうだ。

 そこまで言うと事情を察したのか、レーアも「そうね」と頷く。


「こう言っては失礼だけど、氏素性の不明な男が王家の所持する機動甲冑に勝手に乗り込んで、更には剣を振るって騎士を打ち据えたなんて知れ渡ればタダでは済まないわ」


 それ以前にその王家所有の機動甲冑に翔太が憑依しているのが一番の問題だと思うのだが、そこは気付いていないのだからスルーしたほうが無難だろう。

 これ以上厄介ごとを広げたくはない。同意を示すように『そうだな』と答える。


『オレとしても大騒ぎはしたくない』


「それはワタシも同じね。もし、さっき行った模擬戦の真相がバレたら、どんな難癖を付けられるか分かったものじゃないわ」


 理由はそれぞれ別だが目的は同じ、利害が一致した2人は手始めとして、現状の把握と情報交換を行うことにした。

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