第5話 夢の中へ 再び

 人間とは慣れる生き物である。

 たとえ前代未聞な天変地異に見舞われたとて、遭遇するのが2度目ともなれば、案外現実としてあっさり受け入れてしまうものだ。



 それは、加納翔太とて例外ではない。

 夢の世界で目覚めるのは2回目だが、もはやパニックも起こさず〝そういうモノ〟だとして、早々と事態を達観できる境地に達していた。

 指1本どころか、勝手に入ってくる視覚と聴覚以外は外界から全て遮断された状態。

 例えるなら強制的にテレビの映像と音声を視聴させられるようなものだが、これも2度目にると違和感なしに受け入れてしまっている。

 それどころか自身がフルプレートアーマーと呼ばれる甲冑そのものになっていても、〝夢なんだから〟だけで納得してしまっている。

 慣れを通り越して鈍感というべき非常識さだが、本人が気にしていないのだから、それはそれで良いのだろう。


 精神が落ち着けば、周囲を見る余裕も生まれてくる。



 最初に見えた景色が剣や槍を収蔵した武器庫だったのでもしやと思ったが、2度目の景色は予想に違わず城の中だった。


〈見た感じ、中世ヨーロッパのお城って雰囲気。夢とはいえ、見事なまでのファンタジーだよな〉


 正確には城塞都市の中のカントリー・ハウスなのだが、世界史の成績がそれなりな翔太に違いを理解せよはムリな話。石造りの荘厳な建物の両端に尖った主塔がそびえていればふつうは城だと思ってしまう。

 そしてココはどうやら城の裏手、この城の城兵たちが訓練に使う鍛錬場のようである。


〈広さは学校のグラウンドくらいか? 戦車とかの類はなさそうだから、別にこの広さで十分なんだろうな〉

 

 ざっくり見た感じ、兵の数は100人くらいか? 

 胸部のみを保護したブレストアーマーを付けた兜姿の城兵が、いくつかのグループに分かれて鍛錬をしていた。

 雑兵と呼んでいいのか一般の兵士らが各々長い槍を持ち、隊長と思しき兵が剣を振り回しながら訓練に勤しむ兵たちを鼓舞をする。視界に入る範囲では銃器を用いた訓練はしていないので、翔太視点では軍隊というイメージは薄い。


〈服装からして中世ヨーロッパって雰囲気だよな〉


 訓練用だからかも知れないが、一般兵はすべて革製の軽鎧で剣道の胴衣を胸の部分に持ち上げたような格好。タクティカルベルトにヘルメットのような、現代戦の装備をしたものはひとりとしていない。


 一見するといい年をした大人たちが、コスプレしながら格闘技系の部活動をしている風だが、よくよく眺めていると練度はかなり高い。


〈本当の実戦はどうだか分からないけど、部活の試合だったらソコソコ良い処までいけるんじゃないか〉


 そんな動きの良い連中が「注目!」と響く号令と笛の音を聞くや否や突然訓練を中断し、その場で隊ごとに一列に集合した。

 すわ何ごとかと思うより早く「レーア姫のお着きである」と理由が語られ、城のほうから侍女をひぞろぞろと引き連れた金髪美少女が現れる。


 間違いない。

 昨日、翔太の胸を広げて中に入り込もうとした美少女だ。


〈なるほど。〝お姫さま〟だから、昨日は全身甲冑を着込んだのか〉


 全身甲冑は戦国日本に当てはめれば、信長や家康のような武将が纏う鎧と同じだ。格式もさることながら値段も張るだけに、着るにはそれなりの身分は必要だろう。

 その点お姫さまなら、身分や格式は当然クリアする。が、


〈なんか、じゃじゃ馬っぽいよな〉


 よくよく見れば全身から生意気なオーラがプンプンと漂う、少なくても気は相当強そうだ。いかなノブレス・オブリージュを実践せんがためとはいえ、王女が全身甲冑を着込むなんて、ふつうは城が堕ちる寸前だ。


「姫のおなりである。頭を下げよ」


 レーアに同行してきた将軍と思われる、ひときわ豪華な防具に身を包んだ男の一声に、兵士たちは直立したまま腰を深々と曲げて最敬礼と思しき姿勢を示し、隊長格の兵士は頭を垂れると片膝を付いて剣先を地に向けて立てる。

 しかしレーアは、右手を軽く掲げると鷹揚に「よい」とひと言。


「訓練中は礼を取る必要ないわ。表をあげなさい」


 兵たちを労いながら自分に構わず訓練を続けろと説く。じゃじゃ馬そうではあるが、主君としての姿勢は悪くなさそうだ。


「今日はオマエたちの鍛錬にわたしも参加したくて、この場に赴いたのです」


 なぜかキラリと視線を翔太のほうに向けられ、自分が単なる傍観者ではなく、レーアが着込む全身甲冑そのものになっていたんだと思い出す。


〈新しいオモチャを試したいのか? それだけの理由で兵士の鍛錬に割り込んでくるんだから、そうではなく正真正銘のじゃじゃ馬だよな〉


 誰か暴走を諫めるヤツはいないのか? と思った矢先「まさか、本当に機動甲冑をあつらえてくるとは……いかな姫とはいえ、少々おてんばが過ぎやしませんか?」と、呆れ声とともにフルプレートの甲冑騎士がレーアのもとに近づいてきた。


〈甲冑騎士キター! って、デカい!〉

 


 基本形はいうところの西洋甲冑に近いが、体の線にぴったりフィットではなく、いささか直線が目立つデザイン。

 言うなればアニメのスーパーロボットに近いシルエットは、中世を思わせる周りの風景からは少々浮いている。


 しかし翔太が驚いたのはそんなことではなく、甲冑のサイズ感である。

 軽鎧の一般兵と比較して、体半分は明らかに大きいのだ。 

 フルプレートアーマーのサイズは、特撮番組に出てくるメタルヒーローの着ぐるみがいちばん近い。


〈一般兵の身長を170センチと仮定して、甲冑の高さはおおよそ1.5倍。てことは、身長250センチだぞ。どんだけ巨人なんだよ!〉


 驚きを通り越して腹立ちまぎれに吐き捨てていると、理由は別だがやはり腹立ちまぎれのレーアが「デーディリヒに謂われる筋合いはありません」と、長身の甲冑騎士に食ってかかる

「領民を守るため、有事の際は君主自ら戦場に立つ。人の上に立つ者として当然ではなくて?」


 ドヤ顔でレーアがデーディリヒと呼ばれた甲冑騎士に言い張る。その心意気や良しと褒めたいところだが、レーアはあいにく君主ではなくお姫さまだ。レーアの言い分を聞いたデーディリヒが「いやはや困った御仁だ」と、甲冑姿のまま器用に肩を竦める。


 さすがに甲冑姿のままでこれ以上の諫言は身分的に拙いと考えたのだろう、デーディリヒは己の従者を呼び寄せると「失礼」と断ったうえでその場に膝を付く。

 立て膝を付いても2メートル近くと十分に巨体だが、控えた従者が甲冑に寄り添うと「せーの」のかけ声とともに、サバ折でもされたかのように腰から上の部分が後ろのほうに倒れていく。


〈えっ?〉


 翔太が驚くより早く、大柄甲冑の中からブルーの髪も爽やかなイケメンが現れる。

 と、四つん這いになった従者を踏み台にして、件のイケメンが甲冑からそろりと出てきた。


〈甲冑というより、これだとパワードスーツだろう!〉


 パワードスーツもどきの甲冑から出てきたデーディリヒの背丈は、周りの兵士たちと大差ない。つまりはこの甲冑、〝着る〟というよりは〝乗る〟ものだったのだ。


 衝撃の事実にお口あんぐりの翔太を無視し(当然だ)、デーディリヒはレーアの前で形ばかりの臣下の礼を取ると「良いですか」と説教を開始する。

「戦において領主自らが先頭に立つ。良い心掛けではありますが、淑女であるべきレーア様がやるべき義務ではありません。ましてやそのような事態にならぬよう、我々騎士が日々鍛錬をしているのです。我々の職分に勝手に入り込むのは遠慮してもらいたい」

 レーアの行為を行き過ぎだと諫めて城に戻るようにと促すが、このじゃじゃ馬が素直に頷くはずもない。神妙な顔でひとしきり説教を聞いたかと思うと「ふ~ん」と口角を上げてニヤリとする。


「要するにデーディリヒは、ワタシに甲冑騎士の座を取られるのが怖いんだ?」


 大きく目を見開き、口元に掌を添えてわざとらしく挑発をする。


「な、なんということを!」


 挑発だと分かっていても、デーディリヒはレーアの物言いをスルーすることはできなかった。


「いかな姫さまといえど、先ほどの発言は捨て置きなりませんぞ」


「では、どうすると?」


「我々の真の力をお見せせねばなりますまい」



 当然のことながら、そうなった。

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