非日常なんて日常茶飯事 第三巻 ~偽りの婚約者~

しょぼん(´・ω・`)

プロローグ:彼女は知っている

 まだまだ寒さも厳しい一月の夜。

 その部屋は、非常に心地よい温かさに包まれていた。

 

 ──部屋。

 一言で言い表せば、そうなのだろう。

 しかしそこは、普通の部屋とは程遠いもの。


 一人では持て余すほどの広い部屋の中。

 うっすらと草の文様がデザインされた白き壁紙。

 大きな窓を覆う、ゆったりとしたカーテン。

 華やかな装飾が施された窓。

 天蓋の付いた豪華なベッド。

 淡い色で優しく部屋を照らす、大きなシャンデリア。

 アンティークさを感じさせる化粧台、タンス、クローゼット、本棚などの家具類。


 そこにはまるで、西洋の城のような豪華絢爛さがあった。


 そんな部屋の隅にある、これまた高価そうな装飾の施された白き机に向かい、短い赤髪の少女、如月きさらぎ霧華きりかは、パジャマ姿のまま参考書とノートを開き、黙々とシャーペンを走らせていた。

 彼女はすらすらとノートに数式を書き、かいを求めていたが、ふとそのペンを机に置くと、小さく息を漏らす。


 別に見たかったわけではない。

 ただ。無意識に目に止まる、机の隅に追いやっていた大きめの革台紙の山。

 その表紙を見て、彼女はまたもひとつ、大きな溜息をいた。


 そこに収められている物が何か、彼女は知っている。

 幾つもの青年の写真。

 どれも良家の家の出の者や、財閥の息子で、写真映えするほどの美男子といって差し支えない。


 その重すぎる写真の数々こそ。霧華の婚約者フィアンセ候補として渡されたものだった。

 勿論、それを彼女が望んでいようはずもないのだが。


 このいらぬお節介が始まったのは、昨年の年末ほど。

 ここまで異性と浮いた話もない事を心配した父、圭吾けいごが突然、婚約者フィアンセを選べと提案してきたものだった。


 その話があった時、霧華ははっきりと断りを口にしたのだが。

 しかし父は、何故かそんな彼女の意見を無視するかのように。一体何処から集めたのか。数々の候補となる相手の写真を用意した。


 しかも、まるで合わせたかのように。

 彼等の名は、


 父の意図した気持ちを、霧華は知っている。

 その名を持つ男こそ、幼き日の彼女にとっての命の恩人。

 今や名字を変え、どこにいるかも分からぬ相手だと、父からは聞かされていたが。そんな大事な相手の行方を、父が知らぬとは思えない。

 そして。未だ自身がその恩人との再会を信じている事を理解しているからこそ、敢えてその名を持つ者達を候補に入れたのだろうという、強い意図を感じる。


 その内何人かは、父と行動する中で顔を合わせたこともある。

 そうでない者も、まるで見合い相手を紹介する動画のように、自身に語りかける動画を合わせて渡され。念の為眺めはした。


 だが。

 彼等を見ても、彼女の心は全く動かなかった。


 父は誰が恩人なのか知り、その恩人との再会を促してくれているのかもしれない。

 しかし。その選択肢の中に、思い描くマサキがいる気がしなかったのだから。


 今でも、婚約者など要らないと思っている。

 捨てられるなら、迷わずこれらをゴミ箱に放り込んでやりたかった。

 しかし。そこには父親からのお節介厚意があるが故、無碍にする事もできず。ただ机の隅に追いやるのが、彼女の精一杯の抵抗。


 重い気分にため息ひとつ。

 霧華は静かに参考書とノートを閉じると、それらを革台紙の山の側に退け。代わりに逆の隅に追いやっていたスマートフォンと、無線で繋がる可愛らしいホメペンちゃんデザインのヘッドホンを手に取った。


 ヘッドホンを装着し、スマートフォンを少し弄ると、耳元から心を落ち着けるような音楽──ではなく。とある会話が聞こえてくる。


「あんただって、分かってるはずだろ。このまま戦わせても犬死だって」

『そ、そんなことありません! 彼女達は……』

「あんたは! 三人を死なせたいのか!? ずっと一緒にいたいんじゃないのか!?」


 落ち着いた女性の必死の抵抗をとがめ、強く叫ぶ青年。

 そんな二人のやり取りに始まった声劇には、未だ霧華の記憶にないドラゴン戦とある戦いの、全てが詰まっていた。


 耳に届く青年の言葉を聴き返す度。彼女の心にある想いを生み、彼への感謝をたかぶらせる。


 そう。

 霧華は知っている。

 あのドラゴンから霧華達を救った恩人が誰かを。


 そして。

 だからこそ、彼女はその可能性を信じていた。

 その相手こそ、若き日に彼女を救った命の恩人かもしれない。その可能性に。

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