第15話おいちょかぶ

「……何故私が貴様と一緒に、三和一家とやらに行かねばならないのだ」

「そんな寂しいこと言うなよ。旅は道連れって言うじゃねえか」


 ぶつくさ文句を言う風魔衆の頭領、凜を伴って雷次郎は三和一家が定期的に開いている賭場に向かっていた。すっかり夜となっており、提灯をぶら下げている。しかし持っているのは雷次郎だけで、凜は必要としない。現役の忍びなだけあって夜目が効くようだ。


「三和一家を潰すことが旅なのか? もう一遍子供から勉強し直せ」

「足袋なら履き潰せるけどな」

「……面白いと思って言っているのなら、どうしようもない」

「ははは。相変わらず痺れる皮肉だ」


 極寒の目で見つめる凜を真っすぐ見つめて「俺一人じゃ三和一家を潰せない」と理由を述べ始める。


「本当は雪秀がいてくれたら良いんだけどな。あいつには光を守ってもらわないと。それに三和一家の人間が士郎とすみれを人質にするかもしれない」

「そこまで気が回るのに、どうして三和一家を潰す発想になるんだ?」

「さっきも言ったが、子供を追い込む取り立てするような輩はいないほうがいい」

「しかしだな――」


 凜がさらに言おうとするが「これはお前さんのためでもある」と雷次郎は遮った。


「私のため?」

「風魔衆は正義の味方になるんだろう? だったら人助けしたほうがいいだろう」

「光を守ることがそれにつながる。貴様もそう言ったはずだ」

「手っ取り早く広まったほうが楽に決まっている。それにだ、これはお前さんの主君のためでもあるんだぞ?」


 凜は怪訝な顔になって「若様のためだと?」と問う。


「ああ。雪秀だって自分の領民が苦しんでいるのを捨てておけないだろうが」

「…………」

「あいつ、気づいていなかったが、いずれ気づくことになるだろう。そんとき、後悔しても遅いんだよ」


 そんな会話をしていると、三和一家の賭場に到着した。

 凜は納得できていなかったが、来てしまったものは仕方ないと割り切るしかなかった。


 三和一家の賭場は三島宿の一等地にあり、旅人が遊びで寄るのに都合の良い環境だった。やくざ者が仕切ってはいるが、庶民にも入りやすいような建物をしていた。言ってしまえば小奇麗で暴力的な臭いのないところだった。


「ふうん。三和一家ってのはなかなかやり手なようだ」

「分かるのか? ……そういえば、貴様は日の本一の遊び人と呼ばれていたな」

「ああ。遊びで入るには気軽でいい。ま、稼げはしないだろうが」


 危険なところほど、賭場の相場が高い。その点、旅人が気軽に入れるということは、かけ金を少なく遊べるということだ。もしかすると、他にも賭場があるかもしれない。しかし雷次郎がこの賭場を選んだのは、三和一家の面子を潰すためだった。


「それで、貴様の作戦はなんだ?」

「この賭場で勝ち続けて、三和一家を破産させる」

「……できるのか? 私でも難しいことぐらい分かるぞ?」

「できる自信はある。さてと、さっそく中に入るか」


 入口にある暖簾をくぐって、中に入る雷次郎と凜。

 しかし賭け札を購入する番台には誰もいなかった。


「あん? どういうことだ?」


 賭場が開かれていないわけではない。

 であるならば暖簾が閉まっているはずである。

 灯りも点いているし、奥には人の気配もしている。


「おーい。誰かいるかい?」


 大声で呼びかけると、三和一家の三下らしき者が奥からやってきた。

 少し慌てた様子で「へい。なんですか?」と雷次郎に問う。


「遊びに来たんだが。賭場はやっていないのか?」

「いや、その。やっているのはやっているんですが……」

「だったら賭け札を買わせてくれ」


 雷次郎の言葉に三下は「少しお待ちになってくだせえ」と番台に上がる。

 すると凜が「……奥から殺気がする」と雷次郎に耳打ちした。


「殺気? それなら賭け札を買わせないだろう」


 誰かを殺すつもりなら雷次郎たちを追い出すか、賭場は終わったと嘘をつくはずである。

 だが凜は「間違いない」と言う。


「正確には殺気立っている」

「……なあ、お前さん。なんか凄い博徒でも来ているのか?」


 雷次郎が三下に訊ねると「実はそうなんでさあ」と返ってくる。


「おいちょかぶで相当稼いでいるんですよ」

「おいちょかぶ? なんだそれは」


 賭け事に疎い凜が雷次郎に耳打ちした。

 雷次郎は「株札を使った遊戯だ」と説明する。


「一から十の数字を組み合わせて、一の位が九に近ければ勝つ。ま、特殊な役もあるけどな……そいつはどんぐらい勝っているんだ?」


 雷次郎の問いに三下は「細かい勝ちは分かりませんが」と言う。


「胴元が親分呼んでこいって言ってますから。相当やばいです」

「そうか。とりあえず、これだけくれ」


 雷次郎は二朱金をじゃらじゃら支払った。三下やや緊張しながら「ど、どうぞ」と賭け札を手渡す。


「その博徒の顔をちょいと拝んでおくか」

「……目的、忘れてないだろうな」

「もちろんだ」


 三下に案内させておいちょかぶが行なわれている部屋に向かう雷次郎と凜。

 襖を開くと、雷次郎でも分かるくらいの殺気――熱気に近い――に空間が包まれていた。


「おい。次の札、さっさと配れよ」


 部屋の中央、胴元とサシで向かい合っている男。

 雷次郎は一目でそいつが凄腕の博徒だと分かった。


 歳は三十ぐらい。青と白の市松模様の珍しい着物を着ている。頭髪は剃っていて髪の毛一本もない。しかし僧侶という感じはしない。体つきは筋肉で絞られていると評したほうがいい。強面でその辺のやくざ者より度胸がありそうだ。


「……そちらさん。遊びますか?」


 胴元が立っている雷次郎に話しかけた。

 おそらく時間稼ぎだろうと雷次郎には分かった。先ほど三下が『親分を呼ぶ話』をしていた。かなり負けが込んでいるのだろう。何らかの暴力沙汰が起こるかもしれない。


「ああ。遊ばせてもらうよ。お前さんもいいかい?」

「さっさと座れよ。俺ぁ今、流れ来てんだ」


 乱暴な言い方だが、その博徒は笑顔だった。しかし獰猛な獣が獲物を見て舌なめずりしているような感じだった。


 雷次郎はその男の右に座った。他の客は何人かいるが、参加しないようだ。殺気を醸し出しているやくざ者と関わりたくないのか、それでも部屋を出て行かないのは、男の鮮やかな勝利を見たいのか。


 胴前、つまり子の賭け金の合計は五十で始まった。

 男が札を切り、胴元が札を配る。

 そして場に四枚の札が並ばれる。左から二、五、三、六だ。


「そちらの方、何に賭けますか?」

「三にしよう。二十五で。お前さんは?」

「六だ。同じく二十五」


 そして雷次郎と男の前に札が配られる。

 雷次郎は「もう一枚くれ」と要求し、男はそれ以上望まなかった。


「それでは、勝負です」


 胴元の合計は七。

 男はにやりと笑い「俺の勝ちだ」と言う。

 見せた札は、二。合計は八だ。

 周囲から感嘆の声が上がる。


「よう。お前の札はどうだった?」


 胴元から賭け金を受け取りながら、男は雷次郎に訊ねる。

 雷次郎は「ここの規則は分からないが」と言う。


「確か、無条件で勝ちだったな」


 そう言って見せたのは、三の札二枚。

 客とやくざ者は驚愕の顔になった。

 よく分からない凜が「みんな驚いているようだが」と声をかける。


「そんなに凄い役なのか?」

「うん? まあな。今日は運がいいらしい」


 軽く答える雷次郎だったが、場の札を合わせて三が三枚――いわゆるアラシと呼ばれる特殊役で、無条件で勝つという組み合わせだった。

 しかもアラシカブで最強役だった。


「てめえ、なかなかやるじゃあねえか」


 男がぎらついた眼で雷次郎を見る。

 雷次郎は「俺はてめえって名前じゃない」と答えた。


「雷次郎という。お前さんの名は?」

「甚右衛門だ」


 男――甚右衛門は犬歯をむき出しにして笑った。


「あんたとはいい勝負ができそうだな」

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