京の町の片隅で、朱天たちは歌う、奏でる、踊る。

 評判が評判を生み、人の口から口へと噂が伝播し、洛中のみならず、洛外からも客がおとずれるようになった。

 朱天一座がパフォーマンスを始めれば、たちまち周囲は人の波となり、波涛が路上を押し包む。

 当初は、若者が中心ではあったが、やがて、大人もくわわり、老人さえも立ちどまり耳をかたむける。

 朱天たちの演奏は、人々を熱狂へといざなった。


 その日――。

 いつものように、京の人々が一座とともに歌い、踊る。

 日頃の疲れも、嫌な現実も忘れ、みんな無心に踊っている。

 が、突如、全てが停止した。

 その場にいたおおぜいが、突然冷気に吹きつけられたように、硬化した。

 群衆が、割れた。

 その狭間を、一個の集団が闊歩して、朱天たちのもとへとむかってくる。

 朱天は息をのんだ。

 彼らこそ、武者。

 帝のもとにあって、武力により民を統べる権威の具現。

 その武者の集団が、朱天たちの前で立ちどまる。

 先頭にいるのは、見るからに怜悧な青年。

 冷酷な表情の中心にある目はまるで刃のようで、みつめられただけで斬りきざまれそうなほどだ。

 青年が、尖った顎を動かし、云った。

「貴様ら、誰の許諾を得て、このような愚劣な見世物を興じるか」

 こんな時、真っ先に受けてたつのは、決まって……、

「誰のゆるしだと?天下の大道で、誰のゆるしがいるか。この茨木サマをとがめだてできるのは、ただひとり、おてんとさまだけよ」

「ここは京である。天子様のおわします、国の中枢にして崇高なる都である。貴様らごとき有象無象が、自由を謳歌してよい場所ではない」

「ごたくを並べる前に、名乗ったらどうだい」

「ふ、野良犬に諫められようとは思いもよらなんだわ。よかろう、教えてやろう」

 青年は、いた太刀を左手で少し持ち上げ、威嚇するようにして、云った。

「我こそは源頼光みなもとのよりみつ一党にして、四天王が筆頭、渡辺綱わたなべのつなである」

 ――これは……。

 朱天は慄然とした。背筋に寒気が走った。これはまずい人間に目をつけられたかもしれない。変に逆らわず、ここはひとまず引き下がるほうが賢明なのではないか――。

 だが、茨木は頭の中に、シッポをまいて退散するなどという殊勝な感情は持ち合わせていない。

「へっ」と茨木は唾を吐き捨てるように云った。「誰かと思えば、藤原道長の犬か」

「なに?」綱が気色ばむ。

「天子様がどうのこうのと、えらそうに息巻いていながら、権力者にこびへつらっているだけの、牙を抜かれた駄犬じゃねえか」

 ふ、と渡辺綱が苦笑した。

 茨木だけでなく、その場にいた誰もが、綱が怒り出すと予想し、逃げるか立ち向かうか、身構える気持ちだったのが、拍子を抜かれた気分だった。

「野良犬が、よく吠えるのう」

「その野良犬に、気おくれしていなさる飼い犬は、どこのどなたさまかな」

「この風紀を乱す、愚劣きわまる蛮人め」

 綱の無造作に右手をあげた。

「やれ」

 まったくの無感情に云い、軽く手を振る。

 それを合図として、後ろに控えていた三十人ほどの郎党がいっせいに、朱天たちに飛びかかってきた。

 取り巻いていた群衆は、すばやく四散した。

 渡辺の郎党は、太刀は抜かなかった。だが、素手でも戦闘のプロフェッショナルだ。ケンカなれをしている茨木でさえも、あっと云う間もなく、その足下に組み敷かれた。

 私刑リンチが始まった。

 朱天も、茨木も、虎も熊も、女である星さえも容赦なく、打擲ちょうちゃくされた。

 怒号がこだまし、血飛沫が舞う。

 誰も、あらがうすべもなく、蹂躙じゅうりんされた。

 やがて、

「そこにころがっているガラクタも片づけておけ」

 と、綱が路傍に寄せられた楽器たちを指し、郎党に命じる。

「やめてくれっ」

 朱天は気力を振り絞り、命のかぎり、叫んだ。郎党が彼の頭を、沈黙を強要せんと地面におしつける。

「それは俺たちの命だ。それがなくなったら、俺たちは……」

 朱天の哭声こくせいのような絶叫さえも、綱は一顧だにせず、

「やれ」

 冷淡に云った。

 が――。

 その眼前に、影が現れた。

 突如、地の中から壁が突き出てきたとさえ思えるほど、巨大な影。

「綱さん、いけねえ、それはいけねえよ」

 綱は、その影に、興ざめしたかのようなまなざしを向ける。

「金時、なんのマネだ」

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