習作200116C 〈冒険者〉

 南国スーダリアは、その名に反して厳しい冬を迎える国である。

 冬になると、北にある海から冷たく厳しい北風が吹きつける。この風のことを、南国人スーダリアンは、ボーレイアスと呼ぶ。

 ツェリハルの村の北側に、村をボーレイアスから守る裏山がある。ヒュドラーがいるというスーバルーカは、その裏山のふもとにある洞窟どうくつである。


 〈公証人〉は、スーバルーカへ向かうけもの道を〈冒険者〉の後ろから歩いていた。胸の高さあたりまで伸びた下生えを払いながらけもの道を進む〈冒険者〉の背中がいやおうなしに目に入る。

 たくましいと言うにはやや細い背中だった。背丈もそれほど高いわけではない。青い布でまとめられた赤毛の下にある顔立ちは、童女どうじょのように整っている。この顔立ちと体つきであれば、貴婦人たちが着るような夜会服でさえ着こなしてみせるだろう。


 しかし、〈公証人〉は、見る目のないものの目には広場で女を口説いている優男の一人に見える容姿のこの剣士が、特定危険生物駆除免許だけでなく、私掠しりゃく免許と復仇ふっきゅう免許まで持つ金の冒険者であり、これら冒険者の三免許の全てを持つことを認められるだけの手練れであることを知っている。


 だから〈冒険者〉の後ろを歩く〈公証人〉は、安心しきっていた。

 安心しきっていたから、前を歩く剣士が息をひそめ、腰を落としたことにも気づかなかった。

 まったくもって、全てを見届けて記録する公証人にあるまじきミスだった。


「後ろへ跳べ!」


 安心しきっていた〈公証人〉の身体は、〈冒険者〉が発した警告を役立てられなかった。

 〈公証人〉の目が〈冒険者〉でないものとあった。


 まぶたのない一対の眼が、〈公証人〉を睨んでいた。

 透明のうろこがそれらの眼を覆っていた。

 眼の下には、赤く大きな口があった。

 口からは、しゅーしゅーという音が漏れ出ていた。


 音の主の名前は、ヒュドラー。

 ツェリハルの若者たち三人の命を奪い、百ドゥカートの賞金をかけられた蛇の魔物である。

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