第7話 GEAR

              あるオタク

 


聖女、とやらの話が終わると、バツン!という音がして停電になった。

ホストらしき男「おい!まじかよ停電かよ!電話切れたしまぢうぜーんだけど!」

 

 まぢか・・・、この停電のタイミング、本当にこれはSaint社がやってることなのだろうか、あまりにもタイミングが合いすぎていた。まさか・・・、一体今の放送はなんだったんだ?戦争の放棄?平和?世界管理機構?アカウントハッキングでも受けていたのだろうか?けどイタズラにしては、何か本当の狂気、理性と組み合わさった本当の狂気みたいなのを感じさせた。


ウェイトレス「うちの店だけじゃないですね~、街全体が停電してます」

窓に手を当てて外を見ながらウェイトレスはそう言った。

ウェイトレス「スマホも通じない、基地局も落ちてるってことなんですかね」

 街全体の電気が落ちてる、どれだけの範囲が停電してるんだろう?調べてみますか・・・、って電力会社のパワーマップ自体もページが落ちて・・・ということは発電所自体が停止・・・

 電脳ネット全体が落ちてる!!!電脳のサービスが落ちてるってことは・・・これはもう殆どの端末は死んだってことだ。電脳OSはシステムがすべてオンライン上にある仮想OS、電脳ネットが落ちたらほぼ何も出来ない。でもどうして?ただの停電ってだけじゃ説明がつかないですぞ!ローラン全体が停電したとしたって、電脳ネットはダウンしない。


ウェイトレス「なんでこのパソコンのネットまだ生きてるんですか?」

オタク「うぉっ!きゅっきゅうに話しかけないでいただきたい、あのですね、このパソコンは電脳系じゃなくて「MatriX」という衛星通信なのですね、端末の電池がある限り人工衛星が爆発でもしない限りネットは使えるんですね」

ホスト「じゃあ早くアクセスポイント設定しろよな、緊急事態だろ!」

オタク「こっこの回線はボクのですぞ、そんな情弱回線を使ってるのが悪い、それに電脳ネット自体が落ちてるんだから電脳OS端末は使い物になりませんよ、電脳OSは電脳ネットとシームレスシステムですから」

このホスト、情弱のバカのクセにアクセスポイントなんて単語どっから仕入れてきたのでしょうか?

ウェイトレス「ほんとだ!?なんで?携帯起動もしなくなっちゃった!」

オタク「お嬢さん、クーデタはまず発電所、銀行、放送局、空港を抑えるのがセオリーです、電気は現代社会の動脈、銀行は静脈、血液の流れを止めて絞殺したあと

空港から高跳びしようとする富裕層を拘束して身代金を取る、財産は海外に逃してあっても、命は分散して管理出来ないですから。人質にとってしまえば身代金はいくらでも取れます。今すぐ恐怖指数ETFを有り金全部買っておくことをおすすめしますよ。ボクの衛生通信を使ってもいいですから」


 バリバリバリバリ!!!


 普段耳にしないタイプの風切り音が近づいてくる、この音は?

オタク「やっぱり!戦闘ヘリの「ジェロニモ」! 今では少し型落ちですが、渋い都市迷彩の名機、こんな高層ビル群の近くを飛ぶなんて、こいつはレア!写真不可避!」


 バゴォッ!

猫耳レインコートの少女がテーブルの上にスーツケースを手荒に置いて中を開けた、そして中から手持ちバズーカのようなものを取り出した。あっあの形状?いや何かディテールが違うような、やや細い?色もピンクだ、ピンクの迷彩なんて見たことない。

オタク「そっそれはスティンガー地対空ミサイル?」

レインコート「違う、あんなアーティファクトと一緒にしないで、これはワタシがカスタムしたハニービー対空ロケット弾、スティンガーは一発しか打てないけどこのハニービーは弾を取り替えれば12発も撃てて経済的、さらにセンサーも熱源探知じゃなくて、キネティックセンサーにした、ヘリのテイルローターにぶっ刺さるぜ」


 バガシャア!ドシュルルルル!


窓ガラスをぶち破ってハニービーが火を吹いた、ロケット弾はそのままジェロニモヘリのメインローターの根本あたりに直撃、ヘリはそのまま墜落して交差点のあたりに落ちてなかなか壮大に火を吹いて炎上した。

レインコート「ありゃ、テイルローターじゃなくてメインローターのほうに当たってしまったな?脱出出来たかな?まっ軍属相手では仕方あるまい。君うちのユーザなんだね、ご利用ありがとうございます」


 ホスト「そこまでだ!国家反逆罪でオマエを現行犯逮捕する、両手を上げて手を床につけ!」

 ホスト風の男がグロッケン(拳銃)を少女に向けていた、なんだこの矢継ぎ早の展開、思考がおいつかない。ただやっぱりあいつはただのホストじゃなかった。アクセスポイントなんて普通のホストが知ってるわけない。あいつらはバカなんだから。


レインコート「国家、はもう存在しない。カトー・ナンブ、ローラン、アハズヤ地区出身、カウラン警察学校をトップで卒業、ローラン公安部の若きエース、昨日の夜食べたのはハンバーグとタコライス、どういう組み合わせ?クーポンを利用、公安なのにせこいね」

ナンブ「なっ・・」

レインコート「ローランのデータベースからの情報じゃない、ローランのファイアウォールはなかなか優秀で、全部データを抜ききれなかった。あなたインペリアにマークされてたんだよ、インペリアの軍事情報にはあなたの遺伝子から行動履歴、クレジット番号まで全部入ってる。

 その端末がハッキングされてるから。別にあなただけじゃなくてインペリアはローラン公安部の全員の端末のデータを持ってるけどね。

 もう一度言うよ、国家、の為に死ぬなんてバカらしい、国家なんてものは存在しない、幻想だ。あなたは世界の平和を望まないの?ここで死ぬにはもったいない、新しい世界の構築に尽力してみないか?

 ここまでが決り文句ね、そう言えって言われてるの。私個人はあんたの生き死になんてどうでもよい」

ナンブ「動くな!」


 ナンブ、という公安警察の人間は少女の足を狙って撃った、なんでローラン公安部がグロッケンのオートマチックを使ってるのだろう?国産は信用出来ないんだろうか?

 一閃!少女の鋭利な踵はナンブの口から入って脳幹へ突き刺さった。少女のレインコートがバサリ脱げる。

 あっ!そうだ、あのシルエット、なんで気づかなかったんだ。あれはΩーGEAR

のカスタムショップのキャラクター「シキ・イズナ」だ。猫耳のヘルメット!シルエットで判別出来なかったとは情けない。


イズナ「あなたはエリートだものね、誰かをバカにして、見下すのが生きがい。平等で平和な世界なんて望むわけないよな」

 ナンブという人間はもうこの世からログアウトしたようだ。あれがGEARならまぁ当然だ、グロッケンなんかじゃHpの0.1%も減らせない。


 あの噂は本当だったんだ。


古参のファンのボクは知っているけれど、GEARシリーズはSaint社が手掛けてるPBR格闘ゲームだ。PBR ってのはPhysical Base Realtime Renderingのこと。普通の格闘ゲームと違って、物理シュミレータ、で戦うゲーム。まるでキャラクターが本当に物理的に存在しているように計算されるところが、普通の格闘ゲームとは違う。

 普通の格闘ゲームなら動きやムーブは限定されるけれど、GEARのムーブは「物理的に可能」なら無限だ。あたり判定もすべて、「物理的」に実際にそこにものがあるように計算される。

 リアルタイムの物理演算は非常にマシンパワーが必要なのだけれど、Saint社の独自のシステムとしてスレーブレンダリングというのがある。プレイヤーが使うマシンはただのディスプレイとして動作して、計算はすべてSaintのスパコン、DOXAが行ってくれるのだ。これでプレイヤーのローカルのマシンスペックに依存しないで、PBRゲームを遊べるという仕様。これはめちゃくそ画期的なゲームだった。画期的すぎて最初誰もパンチの一つも撃てなかった。

 初期のαーGEAR はものすごい単純なボクシング人形を動かすことしか出来なかった。それがβ、γーGEARと進化していき、γはプラモデルを動かして戦えるようになった。これが爆発的なヒットとなり、色んな企業やおもちゃメーカーとタイアップなどもやり、Saint社は一躍トップゲームメーカーとして君臨することになった。

 さらに開発のスピードは止まらず、⊿、ε、とだんだんとヒューマノイドに近づいていき、εの次にいきなりΩーGEARがリリースされた。Ω、という通りこれが最終版ともいえるもので、完全に等身大のアンドロイドを動かせるようになった。世界大会の規模も巨大化し、優勝賞金は500億、ゲーム関連の大会に限らずあらゆるスポーツのコンテストでも最高の賞金。プロゲーマーが一番カネを稼ぐアスリートになった・・・ゲームなんて時間の無駄だ!と怒られて育てられていたボクみたいな世代には複雑な気持ちだ。


 ここ最近話題になっていたのだが、そのΩーGEARのトップランカーたちが次々に消息不明になっていたのである。「エアレス」こと絶対王者のソアラはずっと行方不明だったし、去年の優勝者の「♠の死神」も、こつ然とネットから姿を消した。

 ΩーGEARは、ゲームではなくて、本当に、軍事兵器として開発されてるのではないか?GEARのトップランカーたちは軍に傭兵として雇われてるのではないか?掲示板ではそんなことが真面目に議論されていたのである。



 イズナGEARは先程ロケット弾がぶち破った窓から外へ飛び出した、それを見てウェイトレスは悲鳴をあげた。ここは20Fだ、しかし心配するには及ばない。GEARなら当然空を飛べる。

 空を飛べるというより、空中でジャンプ出来るはずだ。GEARのタイプにもよるけれどイズナみたいな標準ヒューマノイドタイプは踵にあるジェット噴射で空中ジャンプする。

 この空中でのジャンプの操作、が非常に難しい、ホバリングで静止できるようになれば一人前というほど、ただ空中に漂うバランスを取るだけでも大変なのだ。最近はオートで重心を安定させることも出来るようになったけれど、それでも空中動作は難しい。


 そんなことよりもボクは今感動している。彼らは本当に世界を変えようとしているのだ、ありふれた言葉だけれど、本当に、命をかけてそれに取り組んでいる人間を肉眼で初めて目にした。

 国家の無い世界、オカネの無い世界、貧富の差の無い世界、なんていう馬鹿げた、そして誰もが一度は夢に描いたことのある世界。世界平和と口先では言うけれど、誰も本当に世界平和を作ろうと行動はしない。

 彼らの戦いは、ハッキリ言ってボクにも成功するとは思えない、多くの犠牲と痛みを味わうことになるだろう。けれどやってみるということは大事だ、口先ではわからない真実がいやってくらい、見えるはずだ。

 ボクは真っ白な服を買いまくって可能な限り配ることにする。今日この日が新たな人類の歴史の始まりなんだ・・・

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