緋の魔術師の大いなる探究 ~wisdom・crusade~

ぱーぷり瑪瑙(メノウ)

序章 introduce

 人間は完全ではない。



 人間がこの星に存在する生命体の中では最も発達した生物であることは、言わずと知れた常識だろう。しかし、霊長類としてこの世に生を受けたばかりの原始人類は、そこまで他の動物と戦って勝てる程の強さもなく、抜群に運動能力が高いわけでもなかったらしかった。



 いや、むしろ貧弱だったのだろう。原始生命の跋扈する種の優位性を競い合い、同じ星に生を受けた言わば生物学上の兄弟とも当然のように殺し合う容赦のない時代に生まれた人類。そんな弱者は当然、地球界における新たなる生命の星として生態系の頂点に鎮座するわけでもなく、かと言ってこの世の最底辺でもない、分相応な地位に当てはめられた。今でこそ最も繁栄した種族である人類の起源は、これと言って特筆すべき所もない中間層に位置する生物からのスタートだった。




 しかし人類は、そのままでは終わらなかった。

 


 人類は気の遠くなる程長い進化の過程で、「知恵」と呼ばれる強力な武器を手にすると急激に大繁殖を遂げた。徐々に繁殖し、生態系の優位性を勝ち取っていく人類は、大繁殖の勢いそのままに生態系の頂点まで一気に駆け上がると、その最高点に鎮座した。今も尚、その地位は他の何者にも奪われていない。この知恵と呼ばれる普遍にして唯一無二の要素こそが、他の生命体と一線を画す点にして、人類の誇る最強の武器だ。




 だが、それが限界だった。


 結局、人間は生命体の一種に過ぎず、他の何かを糧として生きることしかできなかった。 





 「完全」にはなれなかった。




 かつて人類は己が打ち勝つ事が出来ないものを神格化し、崇拝してきた。己が超えることのできない絶対的な脅威に怯え、その怒りを決して買わぬように、戦う前から白旗を振るように。人間が「神」と呼び両手を擦り合わせている超越者も、きっと起源は人間によって確立された偶像であり、己には超えることのできない何かだったのだろう。




 だが、人類誕生より数万年後、「魔術まじゅつ」の確立によって全てが変わった。



 その起源は遥か昔、近代と呼ぶにはまだまだ幼い文明の発達に邁進していた人類の前に、"超越者ちょうえつしゃ"を名乗る者が現れたことを始まりとする。突如として現れた正体不明の"超越者"は不思議な呪いを用いて人類の原初文明を侵略していったのだという。突然始まった正体も目的も不明の侵略に、当然人類は反旗を翻した。未曽有の危機を前に人類は結束し、まだ小さな国中から少数ながらも熾烈な抗争を生き抜いた歴戦の英霊達を搔き集めると、"超越者"との人類初の大規模戦争を起こした。



———結果としては、"超越者"の圧勝。幾多の戦場を駆けて来た歴戦の英霊達が石造りの歪な矛先を向け、研磨されたやじりに炎を纏わせた火矢を放つも、"超越者"の妖力もとい、魔術にはまるで歯が立たなかった。



 数多の小国を巻き込んだ戦争により、ただでさえも僅かなその数を半分ほどまで減らした人類に交戦し続けるだけの力も人員も無く、最早、絶対服従の選択肢しか残されてはいなかった。生き残った数少ない小国の長たちは"超越者"の眷属となり永遠の忠誠を誓った。かくして成り行き的に数億もの人類を統べることとなった"超越者"は契約の対価として"魔術"を人類に伝え、生物としての更なる進化と成長を促した。その後人類は"魔術"と呼ばれる「新たなる知恵」を介することで、限りなく完全へと近づいていった。




 しかし、それでもなお人類は未だに完全に至ることはできていない。正確に言うとあと一歩の所にはいるのだが、その一歩が余りにも遠い。


「現時点の我々の知識ではまるで歯が立たない」


 そう言い続けること幾千年、未だに解明することの出来ていない人類の永遠の憧れにして最後の門番。"超越者"の遺した神域への道標。人類の前に再び現れた高き壁は、超えるには余りに高く、また、打ち破るのは現時点の技術では不可能だった。




 人類と再び相見える事となった障壁、超える事の適わぬ門番。いつしか人はまた、それを崇拝し始めた。「これはまだ解明できない。人類には早すぎた」と言い訳のように何度も何度も、お約束の台詞を口ずさみながら。



 突如として人類の前に現れた「最後の門番」「超越の壁」人類最後の奇跡にして偉大なる神域の魔術。



 

 人類はそれを、「叡智えいち」と呼んだ。

  





 しかし、未だに解明を続行する諦めの悪い者たちがいた。それらは今日こんにちも"叡智"の解明を進めている。



 「永遠の享受者」「神への反逆者」「奇跡への挑戦者」




 ——そんな罰当たりな浪漫ろまんを追い求め続ける者たちを、人々は「魔術師まじゅつし」と呼んだ。

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