第40話 真の伝統


「ただいま」


 隆幸がそう言って家に入ると……玄関に祖父が最新技術で作った日本刀『伝統』が飾ってあった。


「……………………」


 祖父が作った謎の刀を静かに見つめる隆幸。


(全ての材料が日本刀は言い難い日本刀……)


 鞘に収まった状態で飾ってある『伝統』は鞘の拵えも今風で、鞘には鷲獅子(グリフォン)が描かれている。

 見た目が完全に中二趣味で、祖父のゲーム趣味が高じたのかと思った隆幸だが、それが違うことに気付く。


(西洋では鷲獅子は強さの象徴だった……元をただせば龍も獅子も中国から来た神獣だったから、西洋の鷲獅子を象徴に使っても現代なら間違っていない)


 日本はそうやって色んなものを『日本流』に変えて受け入れてきたのだ。


(……今の日本刀が『偽物』と後ろめたく感じているから、これが日本刀に思えないだけだったんだ……)


 面白いもので、本物を作っている人は、それを日々進化させる。

 色んな物を受け入れて、昇華させていくのだ。

 

 そして、


(カッコつけようとする奴には本質が見えなかったのか……)


 祖父が居合切りをやっていたことを思い出す隆幸。

 斬ることを意識している人なら、斬れる物の方がありがたいに決まっている。

 使うことを意識したら、自ずと答えが出てくる。


(受け継がれる内に魂もその器も進化するのか……)


 武士の魂とて、最初から刀だったわけではない。

 鎌倉時代は弓、戦国時代は槍、そして江戸時代になってようやく刀になり……明治で美術品になった。



 伝統は継承されるたびに進化して昇華されていくのだ。

 そして受け継ぐ器も『一子相伝』から『弟子相伝』『同地相伝』になり……


(千年後には宇宙人ですら受け継ぐようになり、本来受け継ぐべき人間が居なくなる)


 悲しいかな、同じ町の人間ですら受け継ぎたくないというのが世界の祭りの実態だ。

 そうやって世界中の祭りは消え始めている。

 

 だが、祭りが無くなれば、これまで培った常識や道徳も消える。


 大人から色んな物を受け継いで少しずつ『人間』になってきたのに、また『猿』に戻るのだ。

 そして、この『伝統』が意味するものは一つ。


(ただ、受け継ぐだけではなく、進化させろってことか……)


 進化の終着点は『滅亡』である以上、

 あらゆるものは進化しなければ生き残れない。

 ありのまま受け継ぐだけではだめなのだ。

 隆幸がそれに気づいて感心していると声がかかった。


「おう隆幸。帰ってたのか? 玄関で何やってんだ?」


 不思議そうに父親が言った。

 隆幸が苦笑して言った。


「この刀のこと考えててさ……親父は知ってたの?」

「……何が?」

「この刀が伝統って名前になった意味。進化させろってことだろ?」

「当たり前だろ? 俺も居合切りやってんだぞ?」


 苦笑する久世父は『伝統』を見つめながら言った。


「ま、進化させるって言っても、? 進化の中には変わった故に滅んだって例もある。いい加減にポンポン変えるのも良くないんだがな」

「……そうなの?」

「そうだ。とは言え、進化するときはいつも手探りだからな。

「失敗を繰り返す……」

「そうだ。失敗しないで進める道なんて無い。大体、この剣は重すぎてほとんど振れんから、飾りにしてるぐらだしな」

「そういやそうだった」


 そう言ってくすりと笑う久世父と隆幸。


「お前は受験の失敗を気にしてるようだが、そんなものは大学で挽回すりゃ良いだけの話だ。大学で挽回出来なけりゃ、次は社会人で挽回すりゃいい。一回の失敗ぐらいで落ち込み過ぎだ」

「うぐ……」


 痛い所を突かれて呻く隆幸に、久世父は笑いながら言った。


「学生時代なんて失敗しまくるぐらいで丁度良いんだよ。失敗を経験しない奴に限って大人になったらでっかい失敗をするし、自分の失敗を認めたがらねぇ。失敗して、また挑戦して、それを繰り返してこそ、初めて成功するんだ。それが大人だ」

「う~……」


 悔しそうに苦笑いをする隆幸に久世父は嬉しそうに笑った。


「何か良いこと教えてもらってきたのか?」

「……少しだけ」

「それで十分だ」


 にっかりと笑う久世父。


「早く風呂入りな」

「わかった」


 そう言って隆幸は二階へと上がる。

 二階の自分の部屋に入ると、机の上で横たわったままの写真立てを手に取る。


「……………………」


 写真の中で三味線を手に笑顔で佇む遥華の姿を見つめる隆幸。


(祭りをやらない理由も……遥華から逃げる理由も消えちゃったか……)


 もはや、逃げ場は完全に断たれたことに気付く隆幸だが、不思議と悪い気がしなかった。


(そういや先生言ってたな……「おためごかし」してるだろって……)


 先生に言われた言葉を思い出して苦笑する隆幸。

 やりたいことにやりたい理由をこじつけ、やりたくないことにやらない理由をこじつけるのを「おためごかし」と言う。


(「おためごかし」してたな俺……遥華に合わせる顔が無くて、祭りから逃げる理由探してた……)


 中高生になると何かと理論武装をしがちになる。

 万能感故に大人を小ばかにしがちで、自分が正しいと思い込み始める。

 だがそれは、色んな『理屈』を覚えて、自分のやりたいことを押し通し始めただけのことだ。

 そして、

 単に『おためごかし』をして誤魔化しているだけなのだが、それに気づかない。


 隆幸は苦笑して写真立てを立てた。


「はぁ……頑張って見るか」


 そう言って隆幸は両手で自分の頬をパシリと張った。

 そして窓を見て気付いた。


 真っ赤な薔薇が萎れていた。

 だが、かろうじて枯れてはいない。


「……水あげておくか」


 そう言って隆幸は花瓶を手に取って水をあげに行った。


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