第22話 戦友
見回りから戻ってくると、タジーたちが戻っていた。
「飲んでないよえね」
ミレアナが近寄ってきてクンクン嗅いできた。
「の、飲むかよ!」
「信用ならないのがあなたでしょうが」
それ以上なにも言えない。ただ、酒がないから飲んでないだけだから。
「あー早く終わって酒飲みてー」
「……昔は凛々しかったのに……」
人は衰えるもの。若いままではいられないのだよ。
「タジー。狼はいたか?」
これ以上、ミレアナの相手をしていたら心を折られてしまうわ。
「いませんでした。鹿も奥へ逃げていきました」
「そうか。やはり大森林の奥からきた鹿のようだ」
大森林で生きる鹿は他で生きる鹿より臆病だ。大量に殺されたら遠くへ逃げる習性があるのだ。
「お前らも少し寝ておけ。朝までオレらが見張っているから」
オレらは引率とは言え、なにもやらないのも立つ瀬がない。見張りくらいやらしてもらうさ。
「わかりました。お願いします」
冒険者をやっているだけに無駄な遠慮はせず、他の冒険者と横になった。
皆が寝静まり、オレらは焚き火に向かい合って結界魔法を展開させた。
「……相変わらず見事なものよね……」
「王にはゆっくり眠って欲しかったからな」
安全だと知って励むこともあったが、あの方がいたから魔導王とも戦えたのだ。そのくらい容認しても罰は当たらんだろうさ。
「だったら王の下に残ればよかったじゃない」
「オレは政治とか苦手なんだよ」
魔法を使うしか能がない男。政治で支えることはできない。迷惑かけるだけだ。
「そう言うお前はどうなんだ? 王に誘われたんだろう」
こいつは頭は堅いが、政治的判断はオレよりできる。魔法省でも出世できただろうよ。
「わたしもよ」
「そうかい」
まあ、どうしても聞きたいわけじゃない。ミレアナがそう言うならそうなんだろうよ。
それからなにをしゃべると言うこともなく時間が流れ、陽が昇ってきた。
「少し見回ってくるわ」
「ああ、了解」
ミレアナが見回りに出たら、鍋に水を入れて火にかけた。
しばらくしてメビアーヌが起きてきた。
「眠れなかったようだな」
「はい。地面が堅くて」
まあ、慣れてないと地面の上で眠るのは辛いだろう。これまで野営訓練とかさせてないしな。
……野営訓練に出ると酒が飲めないし……。
「瞑想して回復しておけ。お前の場合、そう言う裏技が使えるんだから」
「はい。お師匠様は平気なんですか?」
「一日二日眠らなくても問題はないよ」
一日酒が飲めないのは我慢できないけどな!
タジーたち冒険者も起きてきて、井戸へと水を汲みに出かけていった。
やはり冒険者は手慣れているな。
オレは極力手を出さず、見守るだけにする。これはタジーが主役であり、ガキどもの経験なのだからな。
やがてガキどもも起きてきて、タジーの指示の下、食事の用意や解体を開始する。
戦争の時代よりマシになったとは言え、ガキどもが学校にもいけず、その日を精一杯生きている姿を見ると、まだ戦争の傷痕は残っているんだと痛感させられるぜ。
「タジー。ちょっと村長のところにいってくるわ」
「お酒ですか?」
「はい、お酒です」
メビアーヌの冷たい問いを真っ正面から受け止めて肯定してやる。
「メビ。そのくらいにしてやれ。先生。ここは大丈夫ですから、ゆっくりしてきてください」
タジーがイケメンすぎる。オレをわかってくれるのはお前だけだよぉ……。
「昼までには戻るよ」
そう告げて集落へと向かった──ら、ミレアナまでついてきた。なんだよ?
「わたしもお酒を飲みたいだけよ」
「そうかい」
こいつになにを言っても無駄なので好きにしろだ。
村の繁華街たる集落にくると、ほどよい市が立っていた。
さすがに葡萄ばかり作ってはいない。それぞれ畑の一角でいろんな季節の野菜を作り、物々交換に近い取引をしている。
これと言って買うこともせず市を見て回り、知り合いの店を発見した。
「久しぶりだな、バルティ」
戦争で右の脚を失い、故郷で細々と生きている仲間の一人だ。
「ミドか。久しぶりだな。鹿狩りにきたんだって?」
バルティは四十手前の男で、王の下で剣士として魔導王軍と戦っていた男でもある。オレたちの戦友だ。
「ああ。バンブルトの街まで買い出しにいく資金にするためにな」
「酒を買いに、だろう?」
さすが戦友。わかってらっしゃる。
「暮らしはどうだ?」
「まあまあだよ。片足でも畑仕事はできるからな」
両足があれば今も王の下で働いていただろう。バルティはそれだけの剣士だったのだ。
「そうか。ちょっとお前に頼みがあってきた」
「なんだい?」
「お前が使っていた魔剣、売ってくれないか? 王がまた厄介事を押しつけてきたんだよ」
「アハハ。王は相変わらずだな」
「まったくだ。オレは静かに暮らしたいのによ」
「お前に平和な暮らしは似合わんだろうが」
「平和に暮らしたいのは本当だよ」
それに嘘偽りはない。血みどろの戦いなんてもうまっぴらさ。
「誰にやるんだ?」
「二の姫が騎士になりたいとオレんところにきたんだよ。魔法使いのところにな」
「まあ、間違ってはいまい。お前は騎士より騎士らしい魔法使いだからな」
「よしてくれ。オレは魔法使いとして誇りを持ってんだからよ」
なしくずしに魔法使いになったが、今では魔法の魅力に取り憑かれている。いや、一番取り憑かれているのは酒なんだけど。
「まあ、二の姫ならやるよ」
昔、オレが創ってやった魔法の鞄から魔剣を取り出し、雑に放り投げてきた。
「金はいらんぞ。もうおれには王のために剣を振れないんだからな」
「なら、バンブルトで買った酒を持ってきてやるよ」
「葡萄の村で他の酒を買ってくるとか侮辱してるのと同じだわ」
「アハハ。すっかり農家のオヤジになりやがって」
「それもまたいいものさ」
そうだな。新しい人生としては最高だな。
「なら、鹿をやるよ。ガキどもに食わせてやりな」
鹿を一匹出してやった。
「それは助かる。息子が三人もいると食費がかかってしょうがないからな」
「ふん! 幸せ者が」
「羨ましいならお前も嫁をもらえ」
フンと鼻を鳴らし、バルティに背を向けて酒屋へと向かった。
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