第28話

「じ、実験……?」


 呆然と、誰かが呟く。


《ああそうさ。言っただろう? サイボーグとアンドロイドに競争させるって。この森林地帯で、先に敵を全滅させた方が勝ちだ》


 僕たちは無理やり戦わされようとしているのか? 自分たちと歳の近いであろう、そのアンドロイドとやらと?


《今の情勢では――》

「ま、待ってください、博士!」

《おお、待つとも。何か気になるかね、アルくん?》


 僕は俯き、しばしの間黙考してから、慎重に言葉を選んだ。


「僕たちは一体、何者なんですか」

《んん? だからさっき言ったじゃないか、サイボーグだと――》

「そんな話をしてるんじゃない!」


 叫ぶと同時、傷口が開くのを危惧したのか、レーナが駆け寄ってきた。

 その手を振り払いながら、僕は続ける。


「ミヤマ、あんたの目的は何なんだ?」

《直球だね、アルくん。先に答えよう。えー、ゴホン――。私は外宇宙開発委員会の中で、生物学を担当していると言ったね? 食糧事情を解決する手段を模索していると。だがある日、こんな問題が議題に上がった。外宇宙での労働力不足だ》

「それを僕たちにやらせようとしたのか?」

《まあまあ聞きたまえ。私は生物学者であると同時に、人体構造研究のスペシャリストでもある。だから依頼されたんだよ。人間と同じように働く労働力の開発チームを結成するから、その監督役を、とね》

「それで、あんたは……」

《OKしない手はないさ! 報酬もよかったしね。だが、ここで一つ問題が生じた》


 博士はカップを口に当て、既に飲み干していることに気づき、顔を顰めた。

 ゴホン、と二度目の咳払いをする。


《我々人造人間開発チームの意見が、真っ二つに割れたんだ。一つは、君たちのようにサイボーグ研究を推進したい一派。もう一つは、先ほど遭遇したポールくんのようなアンドロイドを研究すべしと言う一派だ》


 博士はゆるゆるとかぶりを振った。


《全く、面倒なことになってしまった。そこで、提案したのさ。サイボーグ組とアンドロイド組の両方を、平等な条件下で地球に呼び寄せ、戦わせてみてはどうか、とね》

「じゃ、じゃあ、僕たちは初めから……?」

《察しがいいね、アルくん。その通り、君たちはクローン技術と分子生物学によって生み出された、人工の生命体だ》


 人工の生命体と言うのは、人造人間と同義なのだろう。僕が何とか自分を落ち着けようと深呼吸していると、『でも!』という短い叫び声が上がった。


《おっと、次はレーナさんの番か。何かね? 気兼ねせず訊いてくれ》

「わ、私たちには記憶があります! 両親や、月面基地で生活しているおばあちゃんや、えっと、学校に通い始める前にできた友達とか……」

《インプラントだよ、それは》

「え?」

《記憶を移植されてるのさ。君たちは十六? 十七? 取り敢えずそのくらいの年数の記憶を与えられてはいるが、実際に生命活動を開始したのはほんの一年前だ。その頃から培養が始まったからね、君たちの身体は》

「そ、んな……」


 レーナはよろよろと後ずさり、背後の大木に背を押し付けて、そのままずるずるとへたり込んだ。

 代わりにずいっと身を乗り出したのはフィンである。


「さっきの、アルの質問の続きだ。サイボーグだかアンドロイドだか知らねえが、何故戦わせる?」

《強度を確かめるためだよ》


 博士は相変わらず、朗らかに話し続ける。


《サイボーグは頑強だが、製造にコストがかかる。アンドロイドは安価だが、耐久性に不安が残る。だからこそ、サイボーグ推進派とアンドロイド推進派の間で対立が起こったのさ。どっちを主要労働力として開発予算を得るか。全く、いつまで経っても金が恋しいんだね、人間は》


 フィンが尚も言葉を続けようとした、その時だった。

 がさり、と頭上で音がした。見上げれば、檻状の箱が下りてくるところだった。中には拳銃や自動小銃や手榴弾が入っている。弾倉もいくつか見て取れた。


「どういうことだ、ミヤマ?」

《ご覧の通りさ、フィンさん。武器だよ。君たちがこの軌道衛星基地を訪れた時に身につけていたものだ》

「これで同士討ちをしろ、と?」

《おいおい、そんな人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。サイボーグとアンドロイドは、長所も短所もまるで違う。彼らは、君たちとは似て非なる者だ。存分に戦いたまえ》


 フィンまでもが沈黙する。そんな中、唐突に僕の胸中で怒りが爆発した。


「そんな……。そんな、勝手に命を与えておいて殺し合えだと? そんな言い草があってたまるか! あんた、それでも人間か!」

《そういう君たちは人間か?》

「ッ!」


 博士は笑みこそ浮かべなかったものの、その目を通して、心底面白がっているのは容易に察せられた。


《私は現在、アンドロイド側のメンバーに戦闘中断を指示している。彼らは先ほどの小川からこちら側には攻め込んでこない。今はね。私の一声で、戦闘は再開される。それに、これは全員に約束していることだが、勝ったグループの皆には地球での永住権を与えようと思っている。これもまた、私の一存でできることだ》


 本当だよ? と、最後に節をつけ、おどけたように語る博士。

 

《では、ゲーム再開だ》

「あっ、待て! 僕の話はまだ終わって――」


 パチン、と博士が指を鳴らすと同時、トニーの腕から発せられた博士の映像は消え去り、殺気じみた空気が僕たちに纏わりついてきた。


 アンドロイド側には申し訳ないが、僕たちはこの密林での戦いに勝ち残る外ないらしい。


         ※


 僕たちは各々、自動小銃を拳銃を手に取った。先頭を行くのはトニーである。二番目はフィン。一番戦闘能力に優れたトニーが万が一やられてしまった場合、僕とレーナはフィンの力に頼らざるを得ない。彼女には拳銃二丁と、やや多めの弾倉を渡してある。

 三番目に僕、しんがりがレーナだ。


 不思議と、先ほど感じていた森の匂いはしなくなっていた。僕も殺気だっているのだろう。銃撃戦が始まれば、すぐさま視界は真っ赤になり、戦闘体勢に入るに違いない。

 それは僕がサイボーグだからだが、アンドロイドたちはどうなのだろう? 

 いや、今考えても仕方のないことだ。


 まさにその直後。


「皆様、伏せて!」


 トニーが腕を展開し、高速回転させる。前方上方から銃撃があったのだ。予想通り、視界が真っ赤に染まる。しかし、弾丸は全てトニーの腕に弾かれた。

 お返しとばかりに、トニーは自動小銃を短く撃ち込む。すると向こうからの銃撃は止んで、どさり、と何かが地面に落ちた。


 トニーは周囲を警戒しながら腕を格納し、再び自動小銃を構えている。くるり、頭部を回転させて振り返ったトニーに向かい、フィンが頷く。

 木々の間に入り、敵の死体があると思しき地点で立ち止まった。と思いきや、勢いよく飛び退いて地面にうずくまった。


「全員伏せろ!」


 フィンがそう避けんだ直後、バァン、と爆音がして、一瞬耳が利かなくなった。

 一旦静まり返る周囲。聞こえてくるのは、爆音に驚いて飛び立つ小鳥たちの羽音くらいだ。


「な、何があったの……?」

「敵の自爆だよ、たぶん」


 不安げなレーナに向かい、僕は答えた。僕たちを樹上から銃撃した敵が、近づいてきた人間――フィンを巻き添えにしようと、手榴弾を持っていたのだ。

 それを見逃さなかったのは、流石フィン、とでもいったところか。


 僕の予想を裏付けるように、ぱらぱらと液体が降ってきた。葉の隙間から、あるいは木の幹を伝って。この透明な液体、それにこの臭い。間違いなく、アンドロイドが爆散した時のものだ。

 偽ポールと遭遇した経験から、僕はそう判断した。べちゃべちゃと落ちてくるのは肉片か。


「アル、これは……?」

「あんまり気にするな、レーナ」


 僕は自分が、先ほど失神中に見てしまった悪夢を振り返りたくないばっかりにそう言った。


「前進しましょう」


 トニーに頷いて、僕たちは再び進み始めた。

 ここで、一つ問題がある。僕たちは今まで、二体のアンドロイドを片付けた。しかし、博士が言うには、アンドロイドの方が安価で量産しやすいという。

 だとしたら、敵は僕たちよりもずっと多いかもしれない。強力な武器を付与されている可能性だってある。


 いずれにせよ、油断はできない。僕はぐっと俯き、視線と銃口を上げて、頭上を警戒するようにした。トニーやフィンもそうしている。

 きっと、敵にも地雷やトラップを敷設する暇は与えられていなかったのだろう。


 だが、敵自身が待ち伏せをしていたらどうなるか分からない。視界は赤いままだ。

 まだ何か、敵には策略がある。

 ロケット砲の発射音が響いたのは、まさにその瞬間だった。

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