第35話 更なる報告と変身

「なるほどな。よく分かった」


 ランベルトたち学園生の報告を受けたディートヘルムは、真剣な表情でうなずいた。


「にわかには信じがたい出来事もあるな。そもそもエスメア海岸は、アントリーバーでは行けないはずだ。そんなところに行ったとは驚きだがな」

「行けるためのアントリーバーがあった、ということだ」

「ほう。どのようなものか、見てみたいな」


 ディートヘルムは興味深げに、ヴォルゼフォリンに問いかける。


「あそこはメルエスタルでは向かえない場所だ。いや、メルエスタルだろうが何だろうが、アントリーバーである限り行くことができない、というのがメルヴィスタン王国全土での共通認識だ。そんな場所に、『アントリーバーで向かった』というのは、いささか気になる話だな」

「ならば話すとしようか。いや、“見せる”としよう。ただ、ここでは困る。もう一度屋外に出てもらおうか」

「構わんさ」

「ランベルトも来るんだ。あとは窓から覗くなり、近くで見るなり、好きにすればいい」


 ヴォルゼフォリンの鶴の一声で、ディートヘルムとランベルトが外に出ることになった。フレイアたちもまた、同行したのである。


     ***


「それで、私に何を見せてくれるというのだ?」

「焦るな。ランベルト、私に触れていろ」

「うん」


 いつものように、ランベルトがヴォルゼフォリンに触れる。


「では、今から見せるとしよう。あの機体をこの学園まで運んだ、アントリーバーの正体を」


 次の瞬間、ヴォルゼフォリンの体が一瞬光る。

 そして、陽光を受けてひらめく銀と、紫の飾りの線とが合いまった、ヴォルゼフォリンの真の姿が現れた。


「……」


 ディートヘルムや彼の部下たちは、目の前で何が起きたのかを信じられない様子だった。無理もない、一人の女性が突如として、アントリーバーに変身したのだから。


「どうした? 何か一言でも、言ってほしいものだな」

「……ありえない」


 やっとの思いで、ディートヘルムが言葉を絞り出す。


「そうかもしれないな。ただ、これが私、ヴォルゼフォリンというものだ。さて、と」


 200mメートルほどの距離を取ったヴォルゼフォリンは、背面の推進器を起動して、わずかな時間だけ空を飛ぶ。


 空中での宙返りといった曲芸飛行を見せてから、先ほどまでいた場所に戻った。


「とまあ、こんな感じだ」


 人間の姿をしていれば、見事なドヤ顔をしながら告げていたであろう言葉。


「ねぇ、ヴォルゼフォリン」


 と、ランベルトが問いかける。


「あっさり変身したけど……隠さないで良かったの?」

「構わんさ。そんなに必死になって隠す話でもないからな」

「ないんだ……」


 ポカンとするランベルトを尻目に、ヴォルゼフォリンが再び切り出す。


「それはそうと、このままでは話がしづらいだろう。戻るとしようか」


 短く一方的に告げると、ヴォルゼフォリンは人間の姿に戻る。


「今の私が、ランベルトたちをエスメア海岸に連れて行き、そしてスプリグを残骸へと変じせしめたアントリーバーだ。もっとも私は、私自身を“アントリーバー”とは思っていないがな」


 一方的に告げるヴォルゼフォリンだが、ディートヘルムたちは依然として、口を開いたまま呆然としていた。


「まったく、実物を見たいと言ったから見せたのにな。一言の感想くらい、欲しいものだ」

「お前は、何者だ……。いや、待て。数か月前、『山賊集団“ヴォルフ”が、1台のアントリーバーによって壊滅した』という話を、アルブレヒト家の関係者から聞いた覚えがある」


 アルブレヒト家と聞いて、ランベルトとヴォルゼフォリンは眉を動かした。

 既に絶縁したとはいえ、一応はランベルトの生まれた家だ。心中では吹っ切ったつもりだったが、まだまだ奇妙な縁は絡みついていた。


「そういえば、アルブレヒト家には背の小さい、『ランベルト』なる子息がいたとされているが……もしや?」


 ディートヘルムはランベルトを見ながら、疑問を投げる。

 ランベルトは、真正面から否定した。


「いえ、アルブレヒト家はもう関係ありません。確かに僕の名前はランベルトですが、今はただのランベルトです」

「なるほど、そうか。……尋ねるのはよそう」


 元々、調査とは直接関係しないランベルトの生い立ちだ。ディートヘルムはこれ以上、踏み込まないと決めたのである。


「それが賢明だ」

「だろうな。しかし、なるほど。今のが……貴女が、スプリグを屠った機体か」

「何度も言っている通りだ。そして私は既に見せた通り、空もたやすく飛べる」

「エスメア海岸に行く時は、思い切り飛んでましたから。もしかしたら、進路上の町で噂になってるかも……?」


 ランベルトが半ば冗談っぽく言うと、ヴォルゼフォリンが「お前もだいぶ成長してきたな」と笑う。


「ふむ、気になることは聞けたな」


 ディートヘルムは頭をかきながら照れ笑いをするランベルトを見つつ、話を切り出す。


「君たちからは、さらに詳しい話を聞き出したい。任意だが、基地までの同行を求める。君たちには悪いが、ことは複雑だ」

「なるほど、他言無用ということか」

「話が早くて助かる」

「だが、行くのは私とランベルトだけだ。マリアンネとフレイアは無関係だからな。居合わせただけに過ぎない」


 ヴォルゼフォリンは、マリアンネとフレイアをかばうように前に出る。


「ああ、それでも構わない。義務ではないからな」

「そうか。ならば、同行するとしよう。行くぞ、ランベルト」

「うん。いろいろ思うところはあるけど、ヴォルゼフォリンが行くって言うなら、ね」


 ランベルトは渋々といった感じが少しあったが、ヴォルゼフォリンと一緒に同行することを決めた。

 その様子を見たディートヘルムは、コクリとうなずいた。


「では決まりだな。二人は一緒に――」

「「お待ちください、中佐殿!」」


 二人の声が上がる。

 ランベルトが振り向くと、マリアンネとフレイアは納得行かない様子であった。


「えっ、二人とも……?」

「確かに同行は、私の義務ではありません。ですが、それでは貴族としての誇りに関わる問題です」

「同感です。そして私は、生徒会会長。事件解決に協力するのは、立場相応の責務と考えます」


 同行に積極的に応じようとする、マリアンネとフレイア。

 しかし目には、義務感以外の何かが燃え盛っていた。


 だがディートヘルムは、二人やその周囲の事情などはまったく知らない。


「そこまで主張するのであれば、同行してもらうとしよう。目撃者も関係者だ。ドミニク学園長、構いませんね?」

「もちろんです。元より今は、夏季休暇中。生徒会役員がいなくとも、我々教師で十分運営できます。それに……口実としては、十分なものでしょうからな」


 含みのある言い方をしてから、ホッホッホとドミニクは笑う。


「安心して行ってきなさい。マリアンネくん、そしてフレイアくん

「ありがとうございます、学園長! これで学園の運営を憂うことなく、協力できそうですわ」

「生徒会会長としての務め、果たしてまいります」


 喜色満面といった様子で、ドミニクに一礼するマリアンネとフレイア。

 しかしランベルトは、置いてけぼりを喰らっていた。


「えっと……あれ? 僕とヴォルゼフォリンだけじゃないの?」

「予測してはいたが……案の定だな。ランベルト、まだまだ私たちは4人でまとまって動くことになりそうだぞ」




 嘆息するヴォルゼフォリンをよそに、マリアンネとフレイアはそれぞれの愛機を起動しに向かっていたのであった。

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