第33話 海水浴からの帰りに

 それからランベルトたちは、持参した昼食を食べたり、また泳いだりした。

 ヴォルゼフォリンを除く誰もが、海は初めてだったからであり、もっと堪能しようとしたからである。また、若く鍛えているなりに体力が旺盛であったのも、さらに泳いだり水かけ合戦などで戯れたりした理由の一つだった。


「あら、いつの間にか陽があそこまで」


 フレイアが気づいた頃には、時刻は既に夕方であった。

 明るさこそ残っているものの、そろそろお開きにしても良い頃合いである。


「そうだな、暗くなる前に片づけるか」


 ヴォルゼフォリンからの鶴の一声で、ランベルトたちは一斉に持ち込んだものを片づける。砂浜や海岸を汚さぬよう、持ち込んだものはゴミも含め、すべて持ち帰るつもりで始末をした。


「終わったか。では全員、私に触れろ。どこでも構わんぞ」


 水着姿のままであるヴォルゼフォリンが、集合をかける。


「もちろん……けど、どうして水着のままなの?」

「どうにも気に入ってしまってな。安心しろ、帰ったらちゃんといつも通りの服に着替える」

「ああ、そう……。風邪はひかないでね」

「ありがとう、ランベルト。大丈夫だ、元の姿に戻るのだからな。それに今の季節は暖かい。多少冷え込んだところで、私は平気だ」


 ランベルトのツッコミも、さらりと受け流したヴォルゼフォリン。


「では、三人とも。私のどこかに触れるんだ」


 再びの号令で、ランベルトとマリアンネ、そしてフレイアは、ヴォルゼフォリンの体にそっと触れる。

 次の瞬間、行きがけと同様に三人の体が転移していた。


「……相変わらず、ギリギリだなぁ」

「そうね。座り方は決まってるからいいものの、そうなるまでに動くのがちょっと」

「分かりますわ、マリアンネ。難儀しますものね」


 最初から操縦席に座っているランベルトはまだいいものの、マリアンネとフレイアがどう動いて適度な位置に収まるかが、課題となっていた。

 くどいようだが3人も乗るのは想定外であり、コクピットも対応していない。マリアンネとフレイアの行っている“操縦席の肘掛けに臀部を乗せ、空いた空間に脚を伸ばす”座り方は、まさに苦肉の策であった。


「ひとまず、座れたかな。二人とも」

「何とかね。私は準備できてるわ」

「私もです。ディナミアのコクピットがもう少し広くなるよう、改造しようかと思います」

「……何のために?」

「うふふ」


 お茶を濁したフレイア含め、三人とも体勢は整えていた。


「では、今度こそ。……飛んで、ヴォルゼフォリン!」


 ランベルトの言葉で、ヴォルゼフォリンは背部の推進器を起動し、空へと飛びあがる。


「ディーン・メルヴィス学園に戻ろう!」

「ああ!」


 それからはややゆっくりと、ディーン・メルヴィス学園に向かって進みだす。

 到着するまでの間に、ランベルトたちは雑談に興じだした。


「楽しかったね、海」

「そうね。私も初めて行ったけど、今まで泳いだ室内プールとは違う感覚だったわ」

「はい。それに心なしか、肌ツヤが良くなった感じがします」

「私もだ。肌の調子がいい。今まで人間の姿にはあまり頓着とんちゃくしなかったが、ランベルトを好きになってしまってからは大事にするようになったぞ」

「僕が変えたの?」

「ああ、この女たらしめ。お前が好きになるように、人間の姿も手入れをする必要に駆られたではないか」


 からかうような口調で話すヴォルゼフォリンに、ランベルトは顔をわずかに赤く染める。

 その様子を見て、マリアンネも話に乗った。


「そうね、悔しいけどヴォルゼフォリンは美人よね」

「お前もかなりの美人だがな、マリアンネ。フレイアもな」

「もう、お世辞が上手なんだから」

「ありがとうございます、ヴォルゼフォリン様」


 しれっとフレイアに飛び火させるヴォルゼフォリン。フレイアは声こそ冷静だったが、顔を赤く染めていた。理由は簡単、ランベルトに見られていたからである。


「ラ、ランベルト様。そんなに見つめて、どうされたのです?」

「えっと……ヴォルゼフォリンの言う通りだな、って」

「まぁ、ランベルト様まで……。今まで美容はそこまで意識しておりませんでしたが、そんなことを言われては気が抜けなくなりますわ」

「は、はぁ……」


 フレイアの照れる様子を見て、あっけにとられるランベルト。


「ランベルト!」


 と、突如としてヴォルゼフォリンが呼び止めた。


「な、何!?」

「何やら不穏な気配がする。このまま帰れるか分からんぞ」

「不穏な気配? ……わっ!」


 ランベルトが疑問を返すと同時に、光る何かがすぐ目の前を、目にもとまらぬ速度で通り抜けていった。


「ッ、今の……!」


 それを見ていたマリアンネとフレイアも、表情を変える。


「魔法……ですわね。まさか警告も無しに、はなってこようとは」

「どうする、ヴォルゼフォリン?」

「魔法如き、通じないので放置しても良いのだがな。せっかくいい気分で帰途についていたのが台無しだ。問い詰めるくらいはするか」


 ヴォルゼフォリンは慎重に、高度を落とす。

 さらなる魔法弾が放たれるが、ろくに当たらず、遥か後方へと飛んでいった。


「そうだね、戦おう。ただ、今はマリアンネとフレイアさんも乗せてるから、無茶だけはしないでよ!」

「当たり前だ!」


 とは言いつつも、ヴォルゼフォリンはつかを両手に握り、光剣を展開していた。

 魔法弾の発生源に近づき、声高らかに叫ぶ。


「そこにいるのは分かっている! 一応聞くぞ、無警告で攻撃するとは何のつもりだ!」


 何も返答は無い。代わりに、再び魔法弾が飛んできた。

 ヴォルゼフォリンは苦も無く避け、短く漏らす。


「やはり、か」


 そして、スッと左腕を構えた。


「すまん、ランベルト。主導権は私が預かる」

「えっ? う、うん」


 戸惑いつつも承諾するランベルトの言葉を聞くや否や、ヴォルゼフォリンは左腕の先端から短いビームを放った。


 次の瞬間、影――正確には、夜の闇に溶け込んだ敵性のアントリーバー――が爆発四散する。ビームが胸部に直撃したのだ。


「正当防衛、成立だ。……まだいるはずだ、そうだろう!」


 ヴォルゼフォリンは虚空に向けて、声を上げる。

 次の瞬間、木が動く気配が見えた。


「案の定か!」


 先手必勝、そう言わんばかりにヴォルゼフォリンは、前腕部から立て続けにビームを放つ。

 影たちの反応は素早く、ビームを跳躍して回避した。


「ふむ、少しは出来るようだな。だが今は、生憎手を抜く気分でなくてな」


 ヴォルゼフォリンは素早く、背部にある翼状の武装を展開する。


「その程度の芸で避けられるほど、これは甘くはないぞ」


 覗くのは、6門の銃。前日に始めて使った、ヴォルゼフォリン専用の遠距離武器だ。

 それを一度に、6つ同時に用いる。ランベルトにも、いやこの世界の誰にもできない荒業あらわざだ。


 しかしヴォルゼフォリンにとっては、この程度はたやすいものである。


「終わりだ」


 短い宣告ののち、前腕部のビームより明らかに威力を増した光の柱が、吸い込まれるように影たちへと向かっていく。

 命中する直前に一瞬見えた、華奢きゃしゃな体躯を持つ影たちには到底耐えられぬ一撃が、複数同時に殺到し――爆発して、残骸をまき散らしたのであった。


「あっけないものだ。しかし、どういう機体なのだろうな?」


 ヴォルゼフォリンにも見慣れぬ、影――改め、謎のアントリーバー。

 手近な残骸を掴むと、機械の青い瞳で舐めるように見つめだす。


「ふむふむ……所属を示す紋章が無いのか、これは?」

「紋章が無い……不明機ってこと?」

「恐らくはな。さて、この残骸だが……学園に持ち帰るぞ。見つけてしまった以上、報告せねばならん」

「同感ですわ。私も共に向かいましょう」




 謎を残しつつも、ヴォルゼフォリンやランベルトたちは今度こそ、ディーン・メルヴィス学園へ帰ったのであった。

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