第30話 水着選び

 その日の放課後、ランベルトたちは四人で集合する。放課後と言っても、まだ昼の時間帯だった。


「どうしたの、集まって? 訓練……じゃなさそうだけど」

「まったく、相変わらずだなランベルト。海水浴に行くのだから、水着が必要だろう」

「そうよ、ランベルト。こういうのは水泳の練習以来なんだから、今着られる水着が無いのよね」

「そういうわけですので、買いに行きましょう。ランベルト様も、水着が無いのであればご一緒に」

「行こっか、ランベルト?」


 半ば有無を言わせぬ勢いで、フレイアやマリアンネがランベルトに詰め寄る。


「わ、分かったから……。ちょっと怖いですよ、フレイアさんにマリアンネ……」

「ならば行くぞ、ランベルト。ふむ、水着か……悪くないな」

「ヴォルゼフォリンまで!」


 ヴォルゼフォリンにまでもトドメを刺されてしまったランベルトは、やむなく水着を買いについて行くこととなった。


     ***


 四人が向かった先は、学園のすぐ近くにある市場だった。

 既に学生たちが大勢来ており、派手な賑わいを見せている。


「予想はしていたけど、すごい多いわね」

「まったくだ。あまり学生のことには詳しくないが、夏場はだいたいこんな感じなのだろうな」

「待ちに待った夏季休暇です。嬉しさもひとしおでしょうね」

「そういうフレイアも、嬉しそうだな?」

「もちろんです。実家にいる両親と再会できますので」


 フレイアはいつもより嬉しそうに、ニコニコと笑う。


「両親かぁ……」

「ランベルト、どうした?」


 と、フレイアの発言に触発されるように、ランベルトが呟いた。


「もう“親”って呼べるのは母さんだけになったんだけどね。しばらく連絡、取ってないなぁ……って」

「ああ、そうか。お前の母さんは、かばってくれたんだったな」

「そうだよ。だからね……元気かなぁ」


 実家との縁を断ち切ったランベルトだが、母親との関係までは断ち切っていない。

 身内の中でも、唯一心配している存在だった。


「今度手紙出すために乗り込むか?」

「いやいや、まさか! ……けど、書いて送りたいかな」

「なら後で書くか。今は水着を選ぶとしよう」

「うん!」


 気持ちを切り替えたランベルトは、ヴォルゼフォリンたちと一緒に水着屋へと足を踏み入れた。

 色とりどりの、様々な種類の水着が、男性用・女性用ともにズラリと並んでいる。


「水着か、どういうのにしよう。特に欲しいものは無いけど……」

「ならばいいものにしろ。丈夫なものだな」

「買ってあげるわよ、ランベルト」

「いえ、ここは海水浴の話を持ちかけた私が」

「会長に負担はかけられません」

「そうもいきませんわ。これもまた、会長の務め」


 と、急にマリアンネとフレイアが対抗意識を燃やし始めた。


「え、えっと、二人とも?」

「……聞いてなさそうだな。ランベルト、先に選んでおけ。肉体的に同じ女だからなんとなく分かるが、これは長くなりそうだ」

「う、うん」


 わけがわからないまま、ランベルトは明るい青のトランクス水着を選ぶ。

 恐る恐る女性陣に目を向けると、激しいぶつかり合いが見えた。


「発起人である以上、水着やビーチサンダルなどの必須のしなを買う代金は私が持つべきだと思っております」

「それはそうかもしれません。会長のそのお考え、尊敬します。しかし、ランベルトのものは私が買ってあげたいと思ってます」

「そうですか。残念ながら、私がまとめて皆様のを買わせていただく予定です。もちろん、ランベルト様のも含めて」

「そうはいきません。別会計にします。そして金銭面で借りを作るつもりにもなれないので、やはり私のとランベルトのは、私が支払います」


 両者一歩も譲らぬ、壮絶な戦いぶりをていしていた。

 直接的な暴力は一切無く、言い方もあくまで穏やかではあるものの、二人の猛烈な熱意は店中に広まっていたのである。


「ふむ……では、これならどうだ?」


 と、渦中に突っ込んでいく者がいた。ヴォルゼフォリンだ。


「買う予定のものと言えば、水着とビーチサンダルだな。片方ずつを、それぞれが払う。どうだ、これならお互い、ランベルトのものを買えるだろう?」

「そうですわね。このままでは埒が明かないので」

「賛成です、会長。では、どちらがどちらのを買うか――」

「ええいまどろっこしい、私が決める! マリアンネはビーチサンダルを! フレイアが水着を買えっ!」


 再び争いが始まりそうな気配を前に、ヴォルゼフォリンは強引に結論を出した。


「まったく……二人とも、ランベルトが好きなのは分かるがな。少しは落ち着いたらどうだ?」

「面目次第もありませんわね」

「うう、つい……」


 落ち込むフレイアとマリアンネを、ヴォルゼフォリンがフォローする。


「だがな、恋とはいいものだ。存分にやるがいい。もっとも、私もランベルトが好きなのだがな」


 したたかなヴォルゼフォリンは、きっちり釘を刺すのも忘れなかった。


「さて、私も選ぶとするか! その前に……」


 ヴォルゼフォリンは、ランベルトを連れて女性用の水着コーナーへ向かう。


「ランベルト、私に似合いそうなものを教えてくれないか?」

「いいよ。んーとね……」


 ランベルトは自分自身の感性を信じて、良さそうな色合いの水着を3つ選ぶ。


「ほほう。なるほど、なかなかいい趣味だな。だが悪くない。試着してみるから、あとで感想を教えてくれ」

「うん!」


 ヴォルゼフォリンがノリノリで水着を取ると、そのまま試着室に向かう。

 と、ランベルトの背後から、二人の影が現れた。


「ラーンーベールートー」

「わっ、マリアンネ。それにフレイアさんも」

「今、ヴォルゼフォリン様に何をされていたのですか?」

「えっと、似合いそうな水着を選んでくれって言われたので、それで……」


 ランベルトの一言に、マリアンネとフレイアは顔を突き合わせる。しばしの沈黙が、三人の間で起こった。


「えっと、二人とも?」


 沈黙に耐えかねたランベルトが尋ねる……と同時に、恐ろしい笑みを浮かべたマリアンネとフレイアが、ランベルトをじっと見つめた。


「ねぇ、ランベルト」

「もし、ランベルト様」

「は、はい……」


 あまりの恐怖に、ランベルトはつい敬語を使ってしまう。

 マリアンネとフレイアは、同時に同じ言葉をランベルトに告げた。


「「私の水着も、選んでもらえるかしら(選んで下さるでしょうか)?」」


 その後水着を見せようとしたヴォルゼフォリンが水着を手に青ざめたランベルトを見るのは、そう遠くない話であった。


     ***


「さて、これで買ったわけか。恩に着るぞ、フレイア」

「いえいえ、話を持ちかけたのは私ですから。しかし、ランベルト様もいい趣味をされているのですね。私としても似合っているとはいえ……」

「そうですね、会長。ちょっと意外でした。選んでくれたの、結構露出ありますよ」

「い、言わないでっ!」


 照れだすランベルト。恥ずかしさの自覚はあったのだが、やはりヴォルゼフォリンたち女性陣に着てほしい水着を選ぶという欲求には抗えなかったのである。


「まぁまぁ。私は着てみたいぞ? なんなら、寮でもう一度着てみるか? ん?」

「そ、それされたら恥ずかしくて……」

「まだまだウブだな、ランベルト。構わん、実際に行くまで待つとしよう」

「ランベルトにちゃんと、水着姿を見てもらうんだから!」

「私も負けてられませんわね」


 盛り上がる女性陣と、うなだれるランベルト。




 しかし心の中では全員が海水浴に胸を躍らせながら、帰路についたのであった。

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