第19話 訓練初日~準備~

 翌朝。


「ふわぁ……。おはよう、ランベルト。起きろ」

「おはよう、ヴォルゼフォリン……。うう、まだちょっと眠いよ……」


 昨夜さんざん語り明かした影響で、ランベルトは寝不足に陥っていた。とは言っても、話しかけられてすぐに起きれる程度には眠っていたのだが。


「美味しいスープが待ってるぞ」

「うん……。あとでヴォルゼフォリンの中で眠っていい?」

「やることが終わったらな。そろそろ本格的に、御前試合に向けて特訓開始だ」


 御前試合と聞いて、ランベルトはハッとした。


「そうだね。僕たちの入学目的も御前試合だったから、ちゃんとやらないとね」

「ああ。幸い、お前は私の動かし方を身に付けつつある。これまでにやったことと、そこまで大きな差はないだろう。ただ、やることは増えるのだろうがな」

「うん。それじゃ、まずご飯食べようか。眠いけど、お腹も空いてきたし」

「だな。行くか」


 二人はレオニーおばさんのいる食堂へ向けて、足を運んだのであった。


     ***


「さて、と」


 朝食を食べ終えた二人は、生徒会室へ向かっていた。

 理由は言わずもがな、スタジアムの利用に関する話である。


「今日から鍛え始めるんだね。上手くなれるかな」

「ランベルト。最初の頃くらい、上手くなると強気に思っておくんだ」

「そうだね」


 いくらかの雑談をしていると、生徒会室の前に到着する。


「失礼します。ランベルトです」


 ランベルトは数回、ノックをした。


「どうぞ」


 中からフレイアの声が聞こえる。許可と判断したランベルトは、そっと扉を開けた。


「フレイアさん。スタジアムの使用許可はどこで取ればいいのでしょう?」

「あら、それでしたら既に学園長から頂いております。少しお待ちを」


 机の引き出しを引き、中をチェックするフレイア。程なくして一枚の書類を手に取ると、ランベルトに渡した。


「『これを渡してくれ』と、昨晩頼まれたのです」

「失礼します……ッ、これは!」

「見せてもらうか……ほうほう」


 ランベルトとヴォルゼフォリンが読んでいる書類は、“スタジアム利用に関する通達”と題されていた。内容は以下の通りである。


『通達 


 右二名は御前試合に向ける練習において、スタジアムの利用を常時許可されるものとする。


 ランベルト ヴォルゼフォリン

 ディーン・メルヴィス学園学園長 ドミニク・ディーン・ヒンメル』


 明確に利用を許可する内容に、ランベルトは驚いていた。


「まさか……入ってすぐの僕たちに、ここまでしてくれるなんて」

「それだけ、ヴォルゼフォリン様のお力に期待されていらっしゃるのです。学園長は」

「ならば、無様な真似は晒せんな。俄然やる気が出てくるというものだ。そうだろう、ランベルト?」


 ヴォルゼフォリンに尋ねられたランベルトは、力強くうなずく。


「うん! ちゃんと強くならないとね!」

「でしたら、私が協力しましょう」

「いいんですか? けど、授業は……」

「私は卒業まで免除されています。成績優秀者は飛び級することもありますが、私はそれを望まないので」


 フレイアは席を立ち上がると、居合わせた生徒会役員に通達した。


「皆様、後はお任せします」


 そしてランベルトとヴォルゼフォリンに向き直ると、「では、参りましょうか」と促した。


     ***


 スタジアムまでの道すがら、フレイアはランベルトとヴォルゼフォリンに話をしていた。


「少し無遠慮な話をしますね」

「はい」

「貴方がたに便宜を図っているのは、ヴォルゼフォリン様の知識が目当てだからです。伝説上の存在とされた“英雄機”その人が、実在した。この事実が広まるだけでも、メルヴィスタン王国、いえありとあらゆる国家が放ってはおかないでしょう。そうなってしまう前に、できる限りお話を聞かせていただく。それが目的です」

「だろうな。何の対価も無い方が、逆に不気味だ」


 ヴォルゼフォリンは、素直に考えを受け入れていた。

 ランベルトも、隣でうなずいている。元ではあるが貴族の息子であったため、このような利益・取引に関する話は不思議と理解できているのだ。


「とはいえ、それは私たちではなく、校長の一存で決められること。ですので、いつ行われるかは全くの未定です」

「だが、いずれ間違いなく聞かれる。それが分かるだけでも十分だ」

「ありがとうございます。あらかじめ伝えておきたかったのです。おや、そろそろ着きますね。私は先に乗ってまいりますので、その間に準備のほど、よろしくお願いいたします」


 そう言って、フレイアは別の格納庫へと向かっていく。


「それじゃ、ヴォルゼフォリン。僕を乗せて」

「もちろんだ。だが、少し待て」

「なに?」

「今日は昨晩話した武器を使うぞ。少しずつな。あと、私の独断で動く頻度も落とす。ランベルト、お前が操れ」

「わかった」


 それだけ言うと、ヴォルゼフォリンは本来の巨大人型兵器の姿に戻ったのである。

 ランベルトを乗せたヴォルゼフォリンは、スタジアムへと向かっていった。


     ***


「待たせたか?」

「いえ、今着いたところです」


 ランベルトとヴォルゼフォリンの眼前には、白と金の重装甲をまとった機体が巨大なハンマーを携えて待ち構えていた。


「その機体の名前は? ただの機体ではないようだが」

「そういえば、まだ愛機の名前を教えていませんでしたね。この機体の名前は“ディナミア”。周囲からは、『ディーン・メルヴィス学園最強の機体』と呼ばれております」

「最強か。入学試験で戦ったシヴェヌス・ドゥオもなかなかだったが、あれよりさらに強いのか?」

「そうですね。アラン教官と模擬試合を行いましたが、結果は私の全戦全勝。アラン教官は重量級機体の特徴を熟知しておられますが、私はさらにその上を行っていた……それだけの話です」


 周囲からの称賛に関する話を、照れもせずに言い切るフレイア。彼女にとっては、気にする必要もない話であった。


「さて、既にご覧になっている通りですが、私の“ディナミア”は戦鎚せんついを得意武器としています。予備としてメイスが2本ありますが、それを抜くのはまれですね」

「手の内を明かしていいのか?」

「もちろんです。相手によって、取るべき戦術を変える。それはお互いの共通事項ですから」

「違いないな」


 ヴォルゼフォリンは腰部のつかを取ろうとし――突如、動きを止めた。


「ちょっ、ヴォルゼフォリン!?」

「ランベルト、今日は使わんぞ! 背中にあるのを取れ!」

「う、うん!」


 取るべき武器を思い出したランベルトによって、背面にある翼状の飾りの上――頭部の後ろ――にある、金色こんじきつかを手に取るヴォルゼフォリン。腰部にあるつかと比べて、大きくごつかった。


「おや、それは? 初めてお会いした時とは別の武器のようですね」

「流石、学園最強とうたわれただけはある。ご明察だ」


 フレイアが一瞬で、違う武器であることを見抜く。


「どのような武器なのでしょうか? 光の剣と似ているようですが」

「剣なのは正しいな。だが、光ではない。はぁっ!」


 ヴォルゼフォリンが魔力を込めると、金属の剣と同様の刃が伸長する。


「実体剣だ。あれは魔力の勢いで切断するものだが、こちらは一般に使われているのと同様、重量で切断する」

「なるほど。しかし、こう言うのは何ですが……そのような武器は、私やアラン教官のような重量級の機体には向かないのでは?」

「心配には及ばん。ランベルトにはちょうどいい重荷だ」


 ヴォルゼフォリンの意図を察したフレイアが、微笑む。


「そうでしたね。ランベルト様を鍛えるため」

「その通りだ。では、始めようか」

「ええ」


 ヴォルゼフォリンとディナミアが、得物を構えて正対する。




 そして2台は同時に、一気に駆けたのであった。

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