第十五話 丈達ことお父さん視点

「紫蘭、明藍を抱かせてやってくれ」


「いや、私は」


精霊を通して私の意図を伝えているため紫蘭はにこやかに微笑んで頷き、明藍を抱っこしたまま清治の元へ。

彼女の行動に私の表情を見て先程から苦虫を噛みつぶしたような表情になっていた清治が一瞬で表情を変えた。恐らく清治が想像していた展開は学生時代のような私の無茶ぶりで、この展開ではなかったのだろう。

しかしこんなにもわかりやすく表情を変え、視線を左右にさ迷わせながら言い淀む姿は付き合いの長い私でもなかなか見ない姿だな、と面白がってまじまじと見ていたらジロリと睨まれた。

ばれたか。流石、付き合いが長いだけある。だが、私も引くつもりはない。


「つべこべ言わずに抱いてみろ。首をちゃんと支えて、そっと、そっと…壊れものを扱うように優しく、な!」


「何度も言うな。抱き方ぐらい、わかっている。…」


「写真よりも実物の方が愛らしいだろう?」


見ず知らずの者に抱かれるので不安がってしまうかと心配したが、明藍はとても大人しくいい子にしていた。紫蘭の腕の中から清治の腕の中に明藍が移される。そして清治と目が合った途端、天使と見間違うような愛らしい笑みを向ける明藍が可愛らしくて、自然と私の頬が緩んでいく。


「そうだな。やはり、奥によく似ている。よかったな、こんなちゃらんぽらんに似なくて」


「おい」


「事実だろう」


明藍が褒められて喜んだのも束の間、いつもの無表情に戻った清治が最後に余計な一言を零す。抗議の声を上げるも、すぐに一刀両断された。…見間違いだろうか。清治の腕に抱かれている明藍がうんうんと清治に同調するかのように頷いていたような…見間違いだ、ああ、きっとそうだ。

余計なダメージにがっくりと肩を落としそうになるのをなんとか堪える。視線の先にはにこやかに笑う明藍に清治が穏やかな視線を向けている。私はフッと小さく息を吐き、明藍の名前を呼んだ。明藍の視線がこちらに向き、笑みを浮かべたまま私に向かって手を伸ばす。咄嗟に清治が明藍を渡そうとしたが、それを制して明藍の手をきゅっと握る。一層嬉しそうに笑った明藍に私は目を細めた。


「清治。罪悪感に囚われて本質を見失うな。確かに子は弱く、未熟だ。だが、俺達親が想像しているよりも遙かに大きな可能性を秘め、常に成長していくのもまた…子なのだ。

過去を悔やみ、起きてもいない未来を考え、悩むなどお前らしくない。理屈ばかり並べ立てるお前の子なら、逞しく育つに決まっている。もっと自分の子を信じてやれ。

それでも罪悪感を消せず、正しかったのかと悩むというのなら、一生を懸けて子と向き合い続けろ。そうすればいつか、子がお前に答えをくれる」


「…一言二言余計なのだよ、お前は。だが…一理あるな」


目を閉じ、じっと私の言葉に聞き入っていた清治が気持ちを吐き出すように深く、大きな息を吐いた。憎まれ口を叩きつつも私の言葉を噛みしめるように呑み込んだ清治の瞳の奥にはもう陰りはなかった。吹っ切れた、どこか晴れ晴れとした清治の表情に私の口角が上がる。


「今明藍と向き合えているお前なら、必ず自分の子とも向き合える。自信を持て、自信を!」


バシッと背中を叩いてやると鋭い声で「馬鹿力め」と返ってきたが、笑って流してやった。予定通りの時間まできっちり滞在した後、清治は自分の家へと戻っていった。


清治の訪問から2週間後、清治から手紙が届いた。予定より早いが美七殿が出産を迎え、無事に生まれたこと。子は女の子であったこと。そして


「完璧だと思っていた予定日をいとも簡単に覆し、もう既に思い通りに、そして計算できぬ事案が幾つも発生している。しかしそうして予想外が起きても憤るよりも先に、感じる感情がいくつもあり、貴重な経験ができている。これからも、私は――いや、私達は全てをもって子どもと向き合う努力を続ける予定だ。その先にある、何かがいつか見えて来る日まで。もちろん、たとえ見えずとも努力し続ける。知性を司る水野家の名にかけて、探求し続けることをここに誓う。

お前には親として大切な心構えを教えてもらった。だから、今回だけは素直に礼を言ってやる。ありがとう」


「しょうがない奴だな、本当に」


いつもと変わらない言い回しで手紙は綴られていたが、時折混じる柔らかさや最後の決意表明に自然と私の口角は上がっていく。これから先、清治達家族が新たに加わった娘の存在でどんな風に変わっていくのかを楽しみに思いながら、私は紫蘭に抱かれている明藍を見つめる。

愛らしい笑顔、朗らかな優しさはきっと清治の娘の力にもなってくれる。あいつが危惧していた、子どもの味方になる存在に明藍ならきっとなれると私は確信にも似た想いを感じていた。そうして私と清治のように子ども達が良い関係を築けたら、この上なく楽しいだろう。紫蘭に抱かれながらこちらに手を伸ばし、柔らかく笑う明藍を見て2人の出会いが今から待ち遠しくなった。

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