第6話 セイブ・ザ・ロード

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「お………姉…様?」

お腹に大きな穴を開けたアンリお姉さまが、私の横まで吹き飛んできた。

「……は、早く!お母さん来て!!アンリお姉さまが死んじゃう!!早く!!」

すごい血だ。このままじゃ!!このままじゃ助からない!!

私は上着を脱いで無我夢中でお腹に押し込んだけど、私の手くらい大きな穴が空いてて、とてもじゃないけど止められそうにない。

お母さんが青くなりながら、アンリお姉さまに治癒の力を全開で当てている。でも、いつも落ち着いてるお母さんが慌ててるのを見て、私も青くなった。

「うそ…!?そんな、傷口の瘴気が濃すぎる!!治癒の力が通らない!?」


確かに、お姉様のお腹の周りにいっぱい煙がまとわりついてるみたいだった。私がそれを手で払おうとしても、全然それは取れなかった。たぶん、すごく強い呪いだ。あいつを倒さないと消えないくらい強いやつだ。


無我夢中でお腹の周りを払ってると、お姉様が私の手を握った。


「アネット…様…。」

「お、お姉様無理しないで!!」

「これ…を…今のあなたなら…使えます…。」


それは、お姉様が吹き飛ばされて来た時も握っていた、アンリお姉様の剣だった。


「シオンの花…嬉し…かった…です。」

「そんな…こと…!」

「クロエちゃんを……助けて……。戦わないと…手に入らないものも…あります…から…。アネット……自慢の……弟子……。」

血が、お姉様の血が、広がっていく。

もう、アンリお姉さまは何も見えてないみたいだった。


「……ジュリア………。」

「…お姉様?」

お姉さまの手が、地面に落ちた。




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「……アンリ?」

声がしたような気がした。愛しい親友の声。

いるはずのない親友の声が、何故かひどく懐かしくて。いても立っても居られなかった。


「行こう。」

「シリル…!?」


普段無口で、表情筋の動かない夫が、強い力で引っ張るなんて初めてだった。

シリルに引っ張られながら、会場へと走っていく。

「アンリ…!アンリ!」

お願いだから無事でいて!!


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「ふん。何が魔王より強い女だ。ちょっと撫でただけであのザマか。」

「貴……様ああああ!!!よくもアンリをおおお!!!」


「ここにいたか!助太刀いたすぞ!エド殿!」


お父さんが物凄く怖い顔しながら、騒ぎを聞いて駆けつけたユキマルさんと一緒に魔王になったクロエに斬りかかってる。

黒い衝撃を放つクロエの手を打払い、牽制のために斬りかかる。でも、当たってない。当てられないんだ。当てたらきっとクロエは死んじゃうし、すぐに次の誰かが魔王にされちゃう。

もしかしたら目を潰せば大丈夫かもしれないけど、そんな可愛そうなことクロエにはできない。


勇者様も、すごく悔しそうな顔をしながら、折れた聖剣に光を溜めてる。






「お母さん。アンリお姉様をお願い。効かなくてもいいから治癒は全開で掛け続けてね。」

「ア…アネット!?まさかあなた!?」

「大丈夫だよ、お母さん。」


アンリお姉様の剣を握って、敬愛するあの人に習って不敵に笑う。私の体から小さな光が溢れて、アンリお姉様の剣にまとわれた。



「私、魔王より強いから。」

そして一気に駆け出した。




「光に目覚めたか!!勇者の小娘!!」

クロエが多分一生しないような邪悪な笑顔を貼り付けて、私に向かって黒い衝撃を連続で飛ばしてきた。

でも3発目はその手をお父さんが剣の柄で弾き飛ばすことで逸らされた。


「娘に触れさせるか!!」

「ちぃ!邪魔だ!!」

お父さんとユキマルさんが黒い衝撃で吹き飛ばされた。でも、まだ向かっていくのが目の端で見えた。



『目を閉じてはいけません!敵の攻撃が来たときこそよく見るのです!』

放たれた2発の黒い衝撃を、最低限の動きで躱す。

遅い。お姉さまの刺突はこんなものじゃない。


「小癪なやつめ!!これならよけられまい!!」

両手いっぱいに黒いものを溜めて、私に向かって放ってきた。


『避けられない面での攻撃が来たら隠れる!それが出来ないなら――』

「盾になるものを探す!!」

アンリお姉様の剣を地面に刺し、体中から光を集めた。黒い闇は剣に当たって真っ二つに分かれた。そして全て抜けきったのを確認したらすぐに剣を抜いて走り出す。


「おのれ猪口才な!その程度の光で我を消せるものか!」

クロエは大きな魔剣を出現させ、私を迎え撃とうとしたようだ。でも、それはこの人の前では愚策だ。


瞬きするほどの時間も無かったはずだ。鞘走りの音がしたと同時に、魔剣の刃が根本から切れ落ちる。ユキマルさんの剣筋は、魔王の目でも追いきれない。


「ばかな!?」

動揺した魔王の隙を突いて、クロエに体当たりをかました。私の加速が乗った突進をクロエの小さな体では受けきれず、二人してゴロゴロと転がっていく。


「クロエ!」

「違う!我は魔獣を統べる魔王ぞ!」

「違わない!クロエは私の大事な妹だ!お前はもう死んだんだ!!死んだやつが私の妹に触るな!!」

体の中の光を一点に集めた。緋色の髪が、光を浴びて茜色に輝いていく。







『そしてアネット様。もうどうしようもなくなって武器も使えないときは、ハートを込めた一撃を敵の頭に見舞ってください。』


『ぶん殴るんですね!』


『いいえ?アネット様の拳じゃ芯まで届きませんわ。体の中で一番硬い部位。それは――』








「私の妹から――」










『額です。』






「出ていけぇーーー!!!」


私は輝く頭をそのまま、クロエの額に叩き込んだ。


「ぬおおおおお!?ば、ばかな!?意識が…あ!!!」

意識が切れたクロエから、紫色のもやもやが出てきた。たぶん、こいつが魔王の本体だ!



「ぐ…ぬ…!な、なんという石頭だ…!だが、同じことよ!次の肉体に宿り、貴様らが死ぬまで戦えば―――」

「させねぇよ、そんなこと。」


いつの間にか、私の横に勇者様がいた。


「き、貴様!?まだそれほどの光が!?」

「なけなしの光をたっぷり時間をかけて集めたんだ。全部味わってもらうぞ、魔王!!」


それは今まで見た光の中で一番きれいで、眩しかった。

きっと勇者様は、体に残ってた光を全部集めてくれたんだ。もう光が使えなくてもいいって思えるくらい、クロエのために。


アンリお姉様の分も。




「や、やめ―――――――」

「今度こそ消えやがれえええ!!この!!諦めの悪い腐れ外道がああああ!!!!」

折れた聖剣が、勇者様の手の中で砕け散った。


とびっきりの汚い言葉とは反対に、とびっきりの綺麗な光をモロに浴びた紫のもやもやは、断末魔の声すらも出せなかった。もやもやの粒が光にあたっては全て消えていく。

まさにチリ一つ残さない、極光の乱気流だった。




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勇者様の光が全部消えたとき、辺りは真っ暗になってた。


そこに残ってたのは、私と、クロエと、勇者様と、ユキマルさんと、お父さんと、お母さん。


目を閉じたまま微笑むアンリお姉様。





「…………アン………リ……?」


そして、アンリお姉様の親友だった。


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