第12話 間話 リリティパ

 あの日――レーム・ヴェルスタンドとリリティパが初めて出会った日、彼女が森にいたのは偶然ではなかった。


(人間の……気配?)


 人類種が住む町にほど近い森ゆえ、亜人の領域と人類の町を行き来するリリティパに取っては通り道なのだ。

 つまり、森を訓練場所に選んだレームと出会うのは必然だった。




 幼い頃にリリティパの両親は殺されている。

 人間の母と亜人の父を持つ彼女は、唯一血の繋がりがある亜人の祖母に引き取られた。


 亜人の住む集落で暮らし始めたリリティパだったが、その村は人間に敵対的な亜人が多く、彼女のことを疎む者もやはり多くいる。

 なまじ人類種との境界近くに住む者達だけに、人類との戦いで命を落とした亜人の関係者が大勢いたのだ。


 リリティパの両親は迫害を避ける為に集落から離れた場所に住まいを構え、人類種との小規模な商取引で生計を立てていた。

 だから彼女は知らなかったのだ、自分が『居るだけで疎まれる存在』なのだということを。


「ねぇ、何してるの? ウチも混ぜて!」


 村にいた同年代の子供たちに声をかけても、彼らは決してリリティパと目を合わせようとはしなかった。

 親に言い含められているからだ。


 それどころか、リリティパを引き取った祖母までもが村の中で徐々に孤立していくことになる。


 ある冬の日、祖母が流行病に冒された時、リリティパは必死に村の家を回って助けを請うた。


「お願いしますっ! ウチのおばーちゃんが大変なんですっ。誰か、誰でもいいから……!!」


 けれど、扉を開ける者は一人もおらず。

 結局、祖母はその冬に亡くなってしまった。


(ウチが、いたから。おばーちゃんが死んじゃった……)


 リリティパの価値観が決定した瞬間だ。


(きっと、ウチが産まれたから、パパとママも死んじゃったんだ)


 産まれた時から無価値、どころか邪魔者。

 それが『リリティパ』なのだ、と。




 一人になったリリティパを拾ったのは祖母がいた集落に住む亜人ではなく、隣村の商人だった。


 偶々、行商の途中に村に寄った際にリリティパを見つけたのだ。

 祖母の家に一人で住み、森の恵みを己で取ることでなんとかギリギリ食いつないでいた、ガリガリに痩せた彼女を。


 事情をすぐに察した商人は、リリティパを拾った。

 売れば少しでも金になるかもと思ったからだ。


 しかしリリティパが人類種とのハーフで、変化スキルを持っていると知って考えを変えた。

 人類種の町に潜入させることで金を生み出せるのではないか? と思ったのである。


 リリティパはその為に最低限の教育を受け、食料を与えられ、人類種の町と亜人の村とを行き来する生活を送ることになった。


 ただ、商人もリリティパを別段大切に扱っているわけではなかったので、彼女自身の食い扶持はやはり森の恵みに頼るところが大きい。

 幸いにもリリティパには森で生きる才能があったゆえに、貴重なキノコや薬草を人類種の町で食べ物と交換することによって生を繋ぐことができていた。


 ただ生きている、というだけなのではあるが。


 商人はしばらく実際に試してみてリリティパの齎す金銭的恩恵がそこまで大きなものではないと判断しており、いずれ彼女をどこかに身売りさせる事にした。

 そもそも、些末な行商人である彼に変化スキルを使った人類種との大きな商売など不向きだったのだ。


 身売りも、別に悪辣なことをしようとしているわけではなく、行き倒れるよりはそっちの方がマシだろうと考えてのこと。

 商人からすれば、リリティパを売ったところで大した金にはならないのだから。


 そうしてリリティパと商人は殆ど喋ることも無くなり、一人森で過ごすことが増えていった。




 ある日、リリティパは森の中で一人の少年を見つけた。


 自分と同年代で、人類種の男の子。

 何故か森の中でたった一人、一心に剣を振っている。


(なんだろ……なんだか、凄く綺麗な動き……)


 リリティパは彼の迫真に迫る剣舞に見蕩れていた。まるで対戦相手が本当にいるかのような動きだったからだ。

 あまりに長い間見蕩れていたゆえ、いつもならしない油断をして人類種相手に見つかってしまった。


 森の中で人類種と話すのは初めてなので、リリティパは狼狽してしまう。


(どど、どうしよう、人間に化けてるから殺されたりはしないと思うけど)


 だが、心配を余所に少年――レームはリリティパに普通に接してくれた。


 レームからすればコミュ症特有の絶妙な距離感の遠さがあったのだが、彼女にはソレが丁度良い距離だったともいえる。


「ウチ、リリてぃ……えと、あの、リリ! よろしくお願い、です」


 リリティパ、というのは亜人らしいネーミングセンスなので、咄嗟に彼女はリリと名乗る。

 まだ、亜人だと明かすのは怖かったからだ。


 レームとリリ、二人は森で何度も何度も出会う仲になった。




 リリにとって、初めて出来た同年代の友人。レームと一緒にいる時間はとても楽しいものだった。

 彼が来るまで、ずっと一人森の中で待っているくらいに。


 しかも、レームがくれる『モノ』はリリにとっていつも刺激的だった。


 人類種の町の話、この世界についての話――極めつけは、歌とダンス。


 元々、体を動かすのが好きだったリリにとってこれほど楽しいと思えることはない。

 レームが教えてくれたその日から夢中になった。

 見るのも聴くのもレームだけだったが、それで十分だったのだ。


 そうして何年も一緒にいるうちに、二人は互いのことを話すようになる。


 レームの生い立ちや生き方を聞いた時、リリは途方もない衝撃を受けた。

 いつもどこかに傷を作っているので何かただ事ではない事情があるとは思っていたにせよ、想像以上に過酷な運命を生きている。


 彼は、いつか自分の家族と殺しあうことすらも想定にいれて、いつもギリギリまで自分を追い込むような訓練をしていたのだ。


 どうして今の状況から逃げずに自分を奮い立たせることができるのか?


 不思議に思ったリリは思い切ってレームに聞いたことがあった。

 なぜ、そうまでして強くなって戦うのか? と。


 彼は、少し困った顔になって。


「え? え~っとですね、なんと言ったらいいか……。うん、未来でね、守りたいモノがあるんです。その人の為に強くならないとだし、生き残らないとダメなんです」


 森の中の少し開けた空からまるで未来を見るかのように遠くを見つめつつ、レームは答えた。


 木漏れ日に晒され逆光の中そう語った彼が、リリにはあまりにも眩しく映ったのだ。

 故に、激しく憧れた。


 レームという存在そのものにも、いずれレームが守りたいと言った『何者か』にも。

 そう、決して自分には届かないだろうと分かっているはずの『何者か』にも、憧れてしまったのだ。




 だが、事態は急変した。


 レームが町を離れた後。

 リリは一人森で泣いていた。


 もう二度と、レーム君には会えないかもしれない。


 無論、それは可能性の話しであったが、リリにとって可能性を感じるだけでも大きな不安と焦燥感があった。

 

 レーム君。レーム君……レーム君に、会いたい。


 リリが我知らず心の中で彼を呼び求めてしまった時。


(えっ……? レーム君に、呼ばれた?)


 突如、目の前の空間が歪んだ。


 見たこともない異常な現象だ。危険だと本能が告げている。

 今なら逃げることもできると、何故かレームにも言われたような気がした。


「レーム君……」


 けれど、リリには初めからそんな選択肢はない。


「レーム君!」


 少年に呼ばれたのなら、いくのだ。

 例えどんな不思議な状況でも、どんな危険な場所であっても。


「レーム君!!」


 空間を越えて呼ばれたリリは、レームの最初の、ホンモノの命を賭けた戦いの中で、初めての『頼み事』をされた。


「リリには、アイドルになってほしい。そしてなったら、僕に守らせてほしい」


 まったく意味が分からなかった。

 アイドルが何なのかも、それ以上になぜレームが自分を守るなどと言っているのかも。


 でも、歌って踊って欲しいと、応援して欲しいとレームに言われたのなら、リリは絶対に断ることなどしない。


 ちょっと緊張して転んだりもしたし、なんならその時に鼻を打ったせいで軽く鼻血もでたけれど、リリはレームの為に歌って踊った。


「~~~♪」


 もしも原曲を知っている人間が聞いたのなら、調子外れな歌。

 もしも本物を知っている人間が見たのなら、出来の悪いダンス。


 そんなこと勿論リリは知らないし、知ったことではない。


 ただ必死に、目の前でレームの危機に叫びたくなるのを必死で堪えて歌った。

 レームの助けになる為、戦いに飛び込もうとする足を必死に抑えて踊った。


 リリには分からない、知らないことだが。

 だからレームは本当に心から言えたのだ。


「リリは僕にとってのアイドルですから」


 リリこそが自分の憧れ、夢の欠片そのものであると。




 そしてようやっと、リリは『アイドル』の意味を知った。

 アイドルとは、いつか彼が語った『夢』そのもの、未来で『守りたいモノ』の正体だったのだ。


(ウチが……レーム君の、夢?)


 少年にはきっと伝わることはないだろう。

 それでも彼女は言わなくてはならない。

 ほんの少しでもいいから、ひとかけらでもいいから、自分の想いを届けるため。


「ウチはね――レーム君が凄い人だって知ってる。ずっと知ってた。そのレーム君がそこまで憧れる夢なんでしょ? その夢そのものになれるんでしょ? だったらウチは、なりたい。どうしてもソレになりたい」


 自分にとってレームという少年がどれほど生きる希望だったのか。

 どれほどの、憧れだったのか。


「このままずっと暗い穴の中を生きるみたいに生きるんだって思ってた。ずっと誰かにとっての重荷で、迷惑なだけで、隅っこで小さくなって生きるんだって。でもレーム君に会ってからちょっとずつ変わったのっ。あなたの生き方が眩しくて、強くて……だから今度は、ウチも変わりたい!」


 あなたと一緒に未来を目指せることが、どんなに嬉しいことなのか。


 本当の意味で伝わることはない。

 レームのアイドルへの想いが本当の意味では伝わりきらないように。

 リリの想いもまた、伝わらない。


 けれど、それでも二人はたどり着いたのだ。


「リリ。世界で最初の、アイドルになってください」


 夢の入り口。

 未来への希望を繋ぐための、最初の約束へと。


「はい! ウチは……リリティパは、アイドルになります!」

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