第6話 鑑定の儀式

 魔眼を使って周囲の木を観察する。

 今の僕には、自然に佇む樹木がほんの僅かに纏っているような魔力すらも見ることが可能だ。


 木の陰から気配。投石が放たれる。

 猛烈な速度で飛んできた石を躱す。


 耳に風切音が届いた。次の瞬間には石が木にぶち当たって破裂するように砕け散り、木の皮を吹き飛ばす。


 魔眼により投球動作の際に生じる魔力の動きは感知しているから、避けるのは容易い。

 回避をしつつ、手近な木に接近して剣を軽く当てた。


 投石は、射出位置を高速で移動して変えつつ四方八方から襲いかかる。

 最小限の動きでそれらを躱し、必要なら弾く。


 回避をしながら周りの木、全てを剣で叩き終えた。


 ――――ピシリ。


 僕を囲んでいた木の全てに深部までヒビが入る。

 魔眼で見た感じ人間なら全て致命傷だろう。


 ちょっとばかし自然破壊しちゃったけど、この辺りは植生が濃いから多少木を間引いた方が日当たりよくなって結果的にはいいと思う、多分。


「……ふぅ」


 これで、攻防の修行は一旦の完成、かな?

 ギリギリだが間に合った。


「す、すごい! 凄い綺麗な動きだったよ、レーム君! 石がかすりもしなかったもんっ」

「リリに手伝ってもらったお陰です。今まで、ありがとう」


 実は石を投げていたのはリリなのだ。

 運動能力が何気に高いので、投石の速度も相当なものである。

 まぁ何度もこの練習に付き合ってもらううちに、投球力が上がってしまったというのもあるだろうけど。


 彼女の投げる石を避けつつ、樹木から自然に漏れ出ている極薄い魔力でも波紋を起こせる様に練習をしていたわけだ。

 要するに近く戦うことになるであろう兄たちとの戦いに備えた予行演習である。


 最初は偶に石が当たってすんごく痛い思いをしたり、リリが泣きながら謝ってくるのを説得したり(こちらから頼んでいるのだから謝る必要あるわけないし)で大変だったが……今ではリリが僕を信用して全力で投げられるくらいになった。


 これで攻撃を最小限の動きと力でいなしつつ、敵の魔力壁を抜いて攻撃できる。

 因みに、この攻撃法は『魔力通し』と名付けた。


 日本の刀の一種で、組み打ちの最中に鎧の隙間から差し込んで鎧武者を刺す為の武器を『鎧通し』と呼ぶらしい。

 転じて、鎧の中にまで衝撃を貫通させる様な打撃にも鎧通しという名前がついていたりするらしいのだが(古武術とかの技であるらしい)イメージが似ているのでその魔力版というわけだ。


「ウチは大したことしてないよ。レーム君と一緒にいて、色んなお話しをしてもらって、歌とダンスも教えてもらって……その間にちょっとだけお手伝いしただけだから」


 歌とダンス、か。


「いいえ。歌とダンスも、凄く助けになっていたんです。僕はリリの歌を聴きながら修行して、ダンスを見ながら休憩して。凄く、元気が出ました。今日まで心が折れずにこれたのはやっぱりリリのお陰だと思います」


 下手くそでも、滅茶苦茶な動きでも、僕にはとんでもなくのだ。

 もし日本でリリと出会っていたら、今頃はアイドルオーディションに勝手に応募しちゃっていたことだろう。


 まぁ、日本だったら出会うことも仲良くなることも僕なんかには無理だっただろうけど……。


「そ、っかな? もし本当にそうだったら……ウチは嬉しい、なぁ」


 リリが嬉しそうな、寂しそうな、複雑な表情で答える。


 リリにはもう伝えてあるのだ。

 数日後、とある大切な用事で出かけることになる。状況によっては二度とこの町には帰ってこないかもしれない、と。


 流石に、数日後に殺されてしまうかもとは言っていないが。


「本当にそうなんですってば。リリは間違いなく沢山の才能と魅力を持っています。だから大丈夫です。きっとこの先、上手くやっていけますよ」


 僕らが会えるのはもしかしたらこれが最後かもしれないけれど。

 リリの将来はきっと明るいと信じている。


「ありがと。そういってくれるの、レーム君が最初で最後だと思う」

「いや、別に最後ってことは」

「いいの。最後で、いい。ウチにとってはそれで」


 不意にリリが僕の手を両手で握る。


 ――ふと、そこで気が付いた。


 初めて会った時のリリは僕より背が高かったのに今じゃ逆転している。

 いつの間にか、随分長い時間僕らは一緒にいたみたいだ。


 僕の人生の中でこんな風に誰かと時間を共にしたことは無かったから、今まで知っているはずなのに気が付いていなかった。


「レーム君……また会おうね? 絶対」


 リリが、願うように口にした。


「……はい、会いましょう」


 僕もそう答えて。

 不思議と、リリとナニカ深いところで繋がったような感覚を覚えた。







 現在、馬車に揺られて移動中だ。


 貴族の割に馬車なんて初めて乗ったに近いもんだから尻が痛い。

 まぁ、僕が乗っているのより遙かに豪奢な馬車に乗っている兄たちの尻はノーダメなのかもしれないが。


 一応は馬車に乗せてもらえただけでも助かったと思うべきなのかもしれないけどな。

 流石にこういう機会だと、僕を無下に扱うのにも限度があるということなんだろう。


 ヴェルスタンド家は辺境伯の中でも割とマジで辺境にある領地を治める家だ。

 無論、それは亜人や魔物が住む領域と人類が住む領域を隔てる役割を担うということなので、決して軽んじられているわけではない。


 ないんだけど、ゆうてやっぱり国の中央とは縁が薄くなりがちなのも事実だ。


 そうなってくると、中央から教会関係者が(例え下っ端でも)派遣されてくる機会は割と重要行事なのである。

 なので、兄たちが15歳になる時には父と母もついていったわけだ。


 僕の場合は、そこまですることはないっしょ、みたいなことで両親ではなく兄二人がついてくることになった。

 要するに、僕自体はどうでもよくて兄二人が中央からきた教会関係者と少しでも関係を構築する為ということなのだろう。


 とはいえ、僕を死ぬほどどうでもよく扱っているのが教会側にバレるのも体面が悪いので一応は馬車くらい用意したるか、みたいな状態が今である。


 ま、実際にはこれから兄たちと死闘を繰り広げることになる予定なので、扱いがバレるもクソもないんだけどな。




 馬車に揺られてしばらくして――。


 我が領地の中でも最も大きい教会にたどり着いた。


 この教会は大きな川沿いにあり、川伝いに船などで移動できる場所ということで鑑定の儀式をする時にはここに教会関係者を中央から呼ぶことが慣例になっている。


 鑑定の儀式が終わった後には招待というか接待というか、そういう諸々をやるわけなのだが、一度はこういう場所で厳かに儀式っぽいことを儀式っぽくやるのが大切なのだろう。

 ま、面子というか体面というか、大きな組織は守るものが多くて大変って話しなのだ。


 教会に入って神父的な服を着た人達と合流する。

 実際にこの世界の宗教で彼らがなんて呼ばれているのかは興味がなかったので覚えてないけど。


 兄たちは主役のはずの僕を置いて、神父的な人と話をしている。

 まぁこの辺のやりとりは正直どうでもいいので全て聞き流した。


 問題は、この後なのだから。







「レーム・ヴェルスタンド。今日はあなたの運命を決める日です」

「はい」


 本当にな。


 神父(ということにしておく)の言葉は一言一句真実だ。

 多分、目の前のおっさんが思っている以上に、圧倒的に真実なのだ。


「では、鑑定の儀を行います。心を落ち着け、目を閉じなさい」

「はい」


 鑑定の儀。

 これはつまり、本人にジョブを認識させる為のものだ。


 ジョブは何もしなくても一定の年齢や経験を積むなどの条件で覚醒したりする。

 だが、本人にはいつどんなジョブに覚醒したのか認識できないことが殆どらしい。


 そこで、鑑定師というジョブを持っている人達がスキルで鑑定を行う。

 これをすると、特殊な魔術で相手のジョブを鑑定し、本人にも『理解る』形で脳に刻み込むことが可能になるというわけだ。


 ぶっちゃけ、ゲームでいうところの『ステータスが見れるようになるよ』って話しだが。


「では鑑定を」

「その前に、少しいいですか?」


 神父の言葉を遮った。

 後ろで見ている兄たちから『余計なことをするな』と殺気のようなものが届くが、知ったことではない。


 これから、とても重要なことを聞く必要があるのだから。


「なんでしょう?」

「……あなたは、いえ、教会は、異空からの訪問者について知っていますか?」


 異空からの訪問者。

 ゲームの時代ではコラボキャラ全般を指す用語だ。


 ゲーム内の世界では別段隠された概念というわけではなかった。

 というかコラボ相手はファンタジー系ゲームやアイドルゲームに格闘ゲームと様々だったので、ストーリー上の問題で絡む場所やタイミングも色々で隠しようがなかったともいえる。


 つまり、ここが『コラボキャラが来ることがある世界線』であるのなら普通にこの神父もその情報を知っているし、教えてくれるはず。


「異空からの、訪問者、ですか?」


 目を閉じた状態でいるからか、自身の動悸が酷く大きく響いている気がする。


「それは、国外から訪れた者のことでしょうか?」


 だが、神父の一言でそんな感覚は吹き飛んだ。


「…………いえ、まったく違う世界から来たというか、そういう不思議な者達のことで……」


 薄々、気が付いてはいた。


『異空からの訪問者』の情報はゲームの時を考えればそう特別なものじゃない。

 しかし、辺境に住んでいてしかも外からの情報が殆ど得られない情弱の僕だから存在を聞かないだけ。そう思うことで今まで目を逸らしていた。


 けれど。


 あぁ、神父の声色だけで分かる、分かってしまった――。


「ふむ? おとぎ話の類いですかな? 残念ながら聞いたことはありませんし、我が教会の教義にないその様なモノを信じていらっしゃるなら、あまり関心しませんな」


 ――まるで足下が底なしに抜けていくような感覚。


 僕の人生は、生きる意味は、ここで。

 終わったんだ。

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