第7話 君の笑い声は最高です

 友香の素顔がネットに流出してから数週間。あれからネットの様子を見てみても炎上した様子は無かったが、やっぱり友香の調子はどんどん悪くなっていった。


 当たり前だ。自分の顔が流出して一時期は祭りになったし、匿名掲示板も騒がせたぐらいだ。自分の顔がおもちゃになっていることに耐えがたい屈辱と羞恥を感じているんだろう。


 数日間に一度は友香とゆっくり話をしているものの、やはり彼女の元気はない。

 何より、その笑い声が無理矢理出しているものに聞こえて、こちらまで苦しい。いや、こちらに心配をかけさせまいと無理矢理出しているんだろう。本当にどうにかしてあげたい。


 今日はどうしてもやるべきことがあったので友香を家に呼んだけど、本当は無い元気をあるように見せてくるのが痛々しい。


「友香、具合悪くなったりしてないか? 最近あまり友達とも付き合ってないみたいだし……」


「そ、そんなことないよー? 元気元気、うあはははは……はは、は」


 絞り出したような笑い声をあげたが、すぐに彼女は沈んだ。そしてぽろぽろと涙を流し始める。

 無理もない。だって俺達はただの高校生で、状況を改善する手段を持っていない。姿の見えない他人の、どうしようもない悪意が一方的にのしかかってくるんだから。


「ごめん、やっぱり無理だよ。私、もう隣家ゆめになるのをやめる……。みんな酷いよ。あんなに応援してくれたのに、私のこと、いっぱい馬鹿にして……。ごめんっ、泣かせてっ……。酷い、酷いよぉぉぉ……わぁぁぁぁ……、ぐすっ、ぐすっ……あぁぁぁ……」


「いいんだ、友香。泣いたっていいよ」


 泣きじゃくり始めた彼女の前に行くと、ぎゅっとすがりついてきた。なるべく優しく抱きしめて背中を撫でる。あふれ出る涙が服に染み込んでも、俺はそんなことを気にしなかった。


 しばらく泣いて、彼女は落ち着いた。泣いている時間は短かったかもしれないが、突発的に涙が流れてしまうくらいストレスを抱えていることがわかった。


 ようやくまた少しずつ話せるようになって、俺達はゆっくりと離れる。もう彼女が本当につぶれてしまうまで時間が無い。だとしたら俺の、いや、『俺達』の成果を見せるには今しかないと思う。


「友香。今日は見せたいものがあって家に呼んだんだよ。どうしても見てもらいたいものがあって」


「見せたい、もの?」


 首を少しだけ傾げた彼女を横目に、俺は机に乗せているPCを起動する。

 彼女に椅子へ座るように促し、俺はあるページを表示してみせた。みんなと数週間の時間をかけて全力で作った、彼女のためのページだ。


「これっ、て……」


「ネットには悪意だけじゃないよ。隣家ゆめを応援している人はたくさんいる。俺もその一人だ。みんな隣家ゆめに元気をもらったんだよ」


 そのページをゆっくりとスクロールしていって、また友香は涙を流し始めた。でもその泣き方は、絶望や怒りからくるものじゃなく、感動によるものだとわかった。涙が静かに頬を伝わっていく。


 花嫁姿の隣家ゆめが花束を持っているイラスト。ジャージ姿の彼女がゲームに熱中しているイラスト。登山姿で山の頂点に立つイラスト。

 満面の笑みでピースをしている彼女、仲の良いバーチャルアイドルと歌っている彼女、振り向いてはにかむ彼女……。笑顔でいる隣家ゆめのイラストの数々が、そこにあった。


「いつも隣家ゆめを応援してくれる人たちに呼びかけたんだ。俺達の力で、隣家ゆめに力をって」


 俺と有志達で作った、隣家ゆめへの応援イラストの数々。まさに美麗イラストの花束だ。それがページ中にたくさん表示されている。読み込み途中で、まだまだ表示されていく。

 友香はどんどん涙を流しながらゆっくりと一枚一枚を確認していく。もちろん、俺が受けていた依頼のイラストもその中にある。


 そうだ。俺はイラストレーターとして活動していた人脈を使って、隣家ゆめへファンアートを描いている人に片っ端から応援イラストを一緒に描いてくれないかと連絡をしたのだ。みんな隣家ゆめのファンだ。快く引き受けてくれた。


 隣家ゆめにもう一度元気に活動してほしいという人は予想以上にたくさんいて、あれよあれよという間にとんでもない人数が計画に参加してくれた。

 しかも、想定外なクラウドファンディングまで始まってしまって、度肝を抜くものまで出来上がったのだ。


「視聴者のみんなからメッセージもたくさん貰っている。それに、こんなのもあるんだ」


「あ、あぁああ……」


 画面上に映される隣家ゆめの美麗な3Dモデル。今まで2Dで活動していた彼女には3Dモデルが無かった。

 茶髪のロングヘアーで、黒色の皮ジャケット。みんな本業で忙しいだろうに、数週間という短い期間で別衣装も用意されているという充実っぷりだ。


「俺は、無理に隣家ゆめに戻ってくれとは言わない」


 ガチ恋勢だとか、普通のファンとか、絵が旨いとか下手だとか、そんなこと関係ない。

 俺達は好きになった人には笑顔でいてほしい。自分の好きなように、楽しく好きなことをやっていてほしい。それが、隣家ゆめではなくて普通の人として生きていく道でも。


「みんな、みんなぁっ……! うっ、うぅ……!」


「でも、隣家ゆめの正体がわかっても、隣家ゆめが大好きな人はこんなにもいるんだ。みんな君の元気な声に元気をもらったんだ。お別れとなる作品かもしれないけど、どうしても俺達はこれを友香に見せたかった」


「ありがとうっ! ありがとう、みんなっ……」


 ついに友香は大声を上げて泣き出した。もう一度俺はゆっくりと背中を撫でる。

 これから友香がどうするかはわからない。ネットには良い面も悪い面もあるんだ。活動を再開したら、良いメッセージも悪いメッセージも届くかもしれない。もう一度祭りになるかもしれない。

 本当なら、彼女にとってはこのまま夢野友香としての生活に戻るのが一番いいのかもしれない。


 友香は泣くのを一度こらえ、ページのイラストを見てはまた泣くということを繰り返した。どうか、俺達の思いが友香にもう一度元気を与えますように……。


 そして、この日からさらに数週間が経ち……。

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