彼女は俺に充電中~最強雷神夫婦の学園無双~

夜宮鋭次朗

第1話:世界で唯一の無能力者


 雷に打たれたような一目惚れ、という言い回しを古い小説で目にした。

 その出会いが如何に衝撃的だったかを表す比喩だと思われるが、残念ながら今どきの若者には全く通じない。


 なぜなら――となった昨今、落雷を受けた程度ではショックの内に入らないが故に。


 では現代において、恋愛事に用いる「雷」の的確な比喩表現とはなにか?

 華の男子高校生である俺、稲田デンジが思うにそれは……。


「ぎゅー。ぎゅっぎゅっぎゅー」

「ライハ、もう十分。十分に充電されたからっ」


『ただいま彼女は俺に愛を充電中』とか?

 あ、うん。やっぱり今のナシで。我ながら薄ら寒いし羞恥で死ぬ。


 あと後ろから俺に抱き着くライハの、背中に当たるやんごとない感触で死にそう。主に昇天的な意味で。もちもちほっぺで頬擦りされて、なんかいい匂いもするし。


「クソが! 憎しみで人を殺せたなら!」

「時と場所を考えろよ。さもないと俺が嫉妬のあまり死ぬ」

「シンプルに死ねばいいのに。この寄生虫無能力者が」


 昇天を免れても周りの視線で刺し殺されそうだな、これ。


 まあ色々物申したいところもあるが、時と場所を選べというのは尤もだ。

 今は学校の授業中で、ここは校庭。他のクラスメイトが体育座りで順番を待っている中、女子とイチャイチャしていれば殺意が湧くのも当然と言えよう。


 それに自慢だが、俺の幼馴染にして恋人である我妻ライハは超の付く美少女だし。

 鮮やかな朱色の長い髪。大粒のルビーを彷彿させるくりっとした瞳。赤は攻撃的な色だというが、彼女の顔立ちは愛らしい部類の整い方をしている。


 そんな美少女が甘える相手が、俺みたいな平々凡々の冴えない男だ。

 快く思わない連中はいくらでも湧いてくる。ま、俺たちの知ったこっちゃないが。


「次、稲田!」

「デンジ。程々でいいんだからね? 無理や無茶は禁物だよ?」

「わかってるって」


 名残惜しそうに手をにぎにぎするライハを、どうにか宥めすかす。拳を握れば大の男も殴り飛ばす手なのに、なんでこんなにスベスベで柔らかいんだろうか。


 ライハと離れ、俺は白線で示された指定の位置に立つ。

 そして身構えれば、掲げた右手からバチバチと真っ赤な雷が迸った。


 今から二十年前の2056年――人類文明に「電気」をもたらした天才科学者、ニコラ・テスラの生誕二百周年の年。宇宙の彼方から《赤い雷》が地球に落ちた。その規模は地球を丸ごと呑み込むほどで、地球全土の生物は例外なく感電した。無論、人類も。


 その結果……全人類がを起こし、発電能力に目覚めたのだ!


「ドローン、出すぞ! 《電送でんそう》!」


 先生が卓上のパソコンを操作すると、幾何学模様の円が空中に描かれる。魔法陣めいた円から、光の粒子が溢れて集結。プロペラで飛行する小型ドローンが出現した。


 旧人類に突然変異を促し、変異した新人類が生み出せるようになった《赤い雷》。これには、地球上で自然的に発生する電気とはかけ離れた性質が数多く秘められていた。その一つが「物質のデータ化」である。


 つまり今のはデータ化してパソコンに保存されたドローンを、物質に再変換して呼び出したわけだ。このように、赤雷は人類科学の飛躍的発展まで促している。

 呼び出された飛行ドローンは五機。いずれも射撃の的をぶら下げて飛び回っていた。


「《電氣功でんきこう》――《稲光》」


 全人類が発電能力を持ったことで、電化製品は自分が生み出す電力で動かすのが当たり前の時代になった。そうなると、「体内の雷を自在に操る技術」は読み書きに匹敵する人類の必修科目だ。


 中国武術でいう「氣」の概念を基に確立された、体内電力の操作技術。

 すなわち《電氣功》により、俺は銃に見立てた右手の指先から赤雷を放つ。


 電撃はジグザグの軌跡を描きながら走り、バラバラに動き回る飛行ドローンの的をいっぺんに貫いた。当然のように全てど真ん中かつ、ドローン自体にダメージはなし。


「稲田、合格だ」


 先生が如何にも面白くなさそうな顔で告げる。

 十発以内で全ての的に命中させれば優秀とされる訓練で、これはぶっちぎりの成績だろう。しかし称賛の声はない。向けられる粘ついた視線は、妬みとも違う敵意の目だ。


「スカした面しやがって。じゃあこれでも余裕だよなあ!?」

「オイ馬鹿、なにをしている!?」


 先生の目を盗んでパソコンに忍び寄った男子が、ドローンの設定をいじり回す。

 するとドローンが攻撃モードに入り、下部から銃器を展開した。五機が俺を包囲して一斉に発砲。ゴム弾だが、防具もない人間相手には危険な至近距離だ。


 しかし銃撃の先に、俺の姿は既にない。


「《電氣功》――《電光石火》」


 電撃の拳で、俺は一瞬のうちにドローン全てを沈黙させた。

 電氣功を極めれば、神経の電気信号を加速させ、運動速度のみならず反応速度も超人と化す。筋力のアシストに用いれば鉄の塊も粉砕できる。


 二度圧倒的強者ムーブを披露したわけだが、やはり拍手喝采は起こらない。

 むしろ耳に届くのは、唾を吐き捨てんばかりの蔑みばかり。


「さも自分の力であるかのようにひけらかしやがって、恥知らずめ」

「自分一人じゃ静電気も起こせない無能のくせに」

「幼馴染ってだけで、あんなクズの介護をさせられる我妻さんが可哀想だわ」


 ……そう。確かにこの赤雷は俺の力じゃない。

 なぜなら俺は自力で発電ができない、おそらく世界で唯一の無能力者だからだ。


 対してライハは世界でも有数の発電力を誇り、「武御雷神の生まれ変わり」とまで評されるほどの天才。そんなライハの、他人に分けて有り余る電氣を与えられることで、俺はかろうじて能力者の体裁を取り繕っているだけだ。


 自分で電力を生むのが常識とされる現代社会で、発電能力がないのは手足を全て欠くのに等しい。ライハからの電力供給がなければ、俺は日常生活すら満足にこなせない。


 なまじ見かけは五体満足なせいもあるだろう。ライハに寄生して楽をする無能だと、俺は周囲に蛇蝎のごとく忌み嫌われていた。


 所詮、俺たちの事情などなにも知らない連中の戯言。気にするだけ無駄だ。

 しかし、ライハの方はそうもいかなかったようで。


「あんなクズに我が校への在籍を許すなんて、校長はなにを考えてるんだか。最近は《ザキラ》のテロ活動も噂されてるし、無能に構う暇なんて――アババババババババ!?」


 聞こえよがしの陰口を叩いていた……それ以外も含むクラスメイト全員が、特大の赤い落雷を浴びる。落雷の出所は、激昂する余り能面のごとき顔をしたライハだ。悲鳴と絶叫と上げるクラスメイトに、ライハの雷は弱まるどころかどんどん威力を上げていく。


 これは不味い、と俺は慌ててライハを抱きしめた。


「落ちつけ。俺は大丈夫。大丈夫だから」

「フーッ。フー」


 ライハの赤雷が、俺の体の方に流れ込んでいく。

 クラスメイトたちは全身黒焦げ、プスプスと煙を上げながら呻いた。


 先に述べた通り、発電能力者となった今の人類は、自然の落雷を受けても平気なほどの電気耐性を持つ。当然ながら、自分が生み出した赤雷で傷つくこともない。しかし、他人が生み出した赤雷に関しては例外だ。


 あたかも型の合わない他人の血液を受けつけないように、他人の赤雷を浴びればダメージも受ける。自分では一切発電できない無能力者の俺だからこそ、ライハの雷を体に充電できるのだ。


 死人が出なかっただけ良し。と安堵していたら、ライハが俺の腕を強く引っ張る。


「デンジ、保健室。さっきので大量に消費したはずだし、しっかり充電しなくちゃ」

「あれくらいじゃ充電切れには程遠いって。それに今、たっぷりもらったばかり――」

「駄目。充電、しなくちゃ」


 張り詰めた声。切迫した、必死な顔でライハは繰り返す。

 ……やれやれ。これは、俺が安心させてやる他ないな。


「わかったよ。あ、先生。俺たち次の授業は急用により欠席で」


 惨状の後始末を丸投げし、俺はライハに手を引かれるがまま場を後にする。

 繋いだ手から伝わる、痺れるような彼女の赤雷を心地よく感じながら。


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