第17話 8月15日 日曜日 11時45分頃

 暑い。陽射しが暑い。熱い。ところ狭しと集まった見物人たちのレース場に向けられた視線が熱い。でも、一番熱いのはブンブさんや芹香さん達レーサーの胸のうちだろう。終戦記念日でお盆の最終日に当たる日に開くもんじゃないとの批判を受けても怯むことなく、師匠の命日にすることが供養ですと言い続け何とか開催にこぎつけたそうだ。素晴らしい展開を見せて、やっぱりその日で良かったと言われるようにしなければと、誰もが感じているだろう。

 楕円形のレース場をぼんやり眺めながら、述希は芹香さんとブンブさんと開成にいた日を思い出していた。初めて芹香さんを乗せても速度を落としていなかったブンブさんと、述希に向かって叫ぶ余裕をみせた芹香さん。二人は大丈夫なはずだ。その他の人も全力を尽くし、記憶に残るレースになって欲しい。天国の見知らぬ師匠が頷きますようにと祈った。

 ふと隣にいる緑が気になった。お盆にここにいることを彼女の家族はどう思っているだろう。

「付き合ってくれて有り難う。家族の方は、何か言っていた?」

「お盆だから?気にかけてくれて有り難う。お迎えの日にはいたから、夜までに戻れば大丈夫。車に乗せてくれて有り難う」

と、逆にお礼を言われた。緑の隣に白雪さんが来て、述希と緑に会釈してから座った。


 正午になり、放送が入る。

「これより、一分間の黙祷を願います」

主催者も、レーサーも、指導者も、警備員も、整備士も、見物人一人一人も、皆そろって手を合わせ目を閉じ平和の有り難さを感じる。

 

「ご協力有り難うございました」

また、喧騒が戻る。人間の二面性を見た思いがした。会社の皆と宮迫さんの目が輝く。

 緑は右の述希と左の白雪さんから、ブンブさんと芹香さんを教えられ声援を送った。追悼レースだからか、男女混合らしい。

 

 一瞬の静寂の後、緑の旗が振られた。と思った途端辺りは轟音に包まれた。これほど大きな音だとは!芹香さんが、ブンブさんが、近付いたと思ったらあっという間に背中が小さくなる。一ヶ月前を思い出した。猿だ。二人とも、良い意味で猿なんだ。クシさんはきっと、レーサーである芹香さんを見るのは初めてでは無いんだ。あの言葉の謎が解けた。

 一体何周しただろうか。いつの間にか、黒と白の格子柄の旗が振られていた。次々とオートバイから降りるレーサーたち。何人かの手にはトロフィーか握られている。35人中、ブンブさんは9位。芹香さんは12位だった。

 帰りの車で、緑は二人のレーサーを讃えた。 

 

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