第6話  5月11日 火曜日 少し早い朝

 偶然一本早い電車に乗れてしまい、どうしようか迷ったが会社に向かった。

 工場の鍵が開いていたので入ると、ドンさんだけ居た。取引先に不幸があったので遠出するが、その前に必要な物を取りに来たそうだ。鍵を掛けようとしたところへ述希が来たらしい。ドンさんに雑巾がある場所を聞いて、見送った。

 机の上を拭いていると電話が鳴り出した。筆記具とメモ用紙があると確認して、出る。

「はい、六角自動車でございます。朝早くからお疲れ様です」

 「あれっ?白雪さん感じが違う。もしかして、派遣先決まったんですか?まぁ、いいや。今家出たんですけど、渋滞です。一番遅くて30分遅刻します」

「ご連絡有り難うございます。伝えます。済みませんが、お名前をいただいて宜しいですか?私は昨日からお世話になっておりますので」

「あ、そうでしたか。奈多と申します」

「ブンブさんですね。こちらは館下です。急ぎで連絡しなければならない所はございませんか?代わりに電話するなどできればと思ったのですが」

「お気遣い有り難う。特にありませんよ」

「社内の人に伝言などは?」

「それも無いです。欲を言えば後でお顔が見たい」

「分かりました。気を付けてお越し下さい」

 受話器を置いて、白板のブンブさんの欄に渋滞で遅・最9:30と記入した。拭き掃除に戻る。

 全部の机を拭き終えて流しにいたら白雪さんが来た。挨拶をしながら雑巾を絞り、干して手を洗う。手を拭いたら、白雪さんに昨日の紙切れを渡した。

 

 朝礼の時、皆は自然に白板の文字に気付く。

「ブンブさん宛にかかってきたら」

と、ラスさんが文字を指しつつ全員に依頼したので、恥ずかしさと嬉しさで頭がごっちゃになった。

 ブンブさんは9時15分に無事着き、白板の文字を消した。述希は、詫びた。

「初めまして、館下述希です。今朝は、始めに名乗らず済みません。あだ名はノンキです」

「いえいえ。応対と白板への書き込み、有り難うございました。ブンブで合っています」

それから、白雪さんを呼んで

「引き継ぎ、どこまで出来ている?ノンキさん電話応対上手だから、案内と平行で進めても良いと思うよ。その方が楽じゃない?」

と、言ってくれた。


 業務の説明の切りが良いところで、6ヶ月点検予定者の名簿を借りて期日が迫っている方3軒分の案内電話をかけてみた。言葉遣い・話の進め方・記録の取り方が確認できて良かったし、なによりお客様と直接会話して余計な恐怖感が薄まったのが大きかった。

 意外だったのが、その後また取引先などの説明に戻った時頭に入って来やすかったことだ。メモの取り方も早くなっていた!ブンブさんは、元事務員だったのだろうか?

 白雪さんにそのことを言ったら、驚きの表情がみるみる笑顔に変わった。明日も切りの良いところで説明を止めて、今度は車検の案内の電話をかけてみることになった。

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