第36話 意外と難しい

 総てはお家再興のため。

 その間は身を潜めるしかないから山間の村に。

 何とも切なくなる話だ。そして何もかもが家を中心に回っている。

 しかし、それを飛鳥は馬鹿馬鹿しいと切り捨てることは出来ない。飛鳥だっていずれ、鬼の一族という大きな家を継ぐようなものだ。

 そんなことを考えていると息苦しくなるばかりなので、飛鳥は家の中を丹念に見て回る。

 それなりに広さがあること、現場となった娘のいた部屋と妙観院がいた囲炉裏の間に僧がいた部屋が挟まることを考えると、上手くやれば物音を察知されないだろうとは思う。

 しかし、それにしたって難儀だ。現場の部屋は三畳しかなく、しかも箪笥や使わない物が置かれていて、娘が寝るぎりぎりの空間しかない。出入り出来るのは僧がいた部屋との間のふすまか、畑側の障子だけ。もう一方の山手側は物で塞がっていて、障子を開けても中に入るのは難しい。

 もちろん僧のいた部屋は両側の障子から入ることが可能だ。しかし、そうすると妙観院に気づかれる可能性が高まる。

 この事件でそこが難しい要因だ。起きていた妙観院に一切気取られることなく、娘を殺して素早く生き肝を切り取り逃げる。どう頑張っても物音がするはずなのに気づかれない方法があるのだろうか。

「事件が起きたのは半年前でしたね。とすると、秋頃ですか?」

 飛鳥の確認に、妙観院は頷いた。

「そうです。虫の音がよく聞こえる夜でした」

 そしてそう教えてくれた。

 虫の音か。しかし、それくらいで殺害の音の総てが掻き消されるとは思えない。飛鳥は娘が殺された部屋に足を踏み入れると、ぐるっと見て回る。特に他の部屋と変わった様子はなかった。

「娘さんが使っていた布団は」

「すでに始末してしまいました」

「ですよね。厚さはそれなりにありましたか」

「え、ええ。秋も深まると夜は冷えますので、綿の入ったものを使っていたはずです」

 掛け布団を利用することは可能なようだ。とはいえ、それで防げるのは悲鳴くらいだ。犯人は足音を聞かれることもなく、また障子の開け閉めの音も聞かれることなく犯行を行っている。

 飛鳥はそれをどう考えればいいのだろうと、障子を開けてみる。今は少し立て付けが悪くなっているが、動きは滑らかだ。上手くやれば音を立てずに開けることは可能か。

「足跡は」

 しかし、障子を開けて縁側に出たところで、畑に使っていたという場所が目に入って訊ねる。今は雑草だらけだが、事件当時は綺麗に整備されていたはずだ。それに、僧は突然の雨が降ってきたから宿を借りたのではなかったか。

 夜になって雨が上がったとはいえ、地面は濡れたままだったはずだ。必ず犯人の足跡が残ったのではなかったか。

「解りません。私は気が動転してすぐに村長の家に駆け込みましたし、その後は村の人たちが出入りしていますから」

「ううん」

 そう簡単には解らないかと、飛鳥は唸る。ここから入ったという確証はないということになる。

 とはいえ、僧は犯行に加担していないのは間違いない。腹帯のことといい、衣服に血の跡がなかったことといい、生き肝のことといい、彼一人では不可能だ。

 犯行は夜中のうち。僧は見張り役だった。これは間違いない。そして生き肝は夜の内に運ばれたはずだ。僧は後から駕籠で運ばれてトンズラした。

 事件の一連の流れはすぐに理解出来る。しかし、これを実際にやるのは大変だ。そもそも逃走経路も難しい。

 この家は村の外れ、二方向がすぐに山という位置にある。山からやって来て山に逃れるというのは簡単だが、夜、視界が効かない状況でそれをやるのは至難の業だ。

 飛鳥は縁側から外に出ると、どっちに逃げるだろうと思案してしまう。

 まさか村を突っ切って行ったのか。いや、それは無理だろう。誰に目撃されるか解ったものではない。たとえ村長を買収していたとしても無理だ。

「グルの可能性か」

 今、何気なく考えたが、この村の人間は加担していないと言い切っていいのだろうか。思えば、この妙観院が住むことが出来たのは、村長と知り合いだという遠縁のおかげだという。

 ということは、この村はその関係で何らかの優遇を受けている可能性がある。

 飛鳥はちらっと妙観院を見る。妙観院は寂しそうな顔をして家を眺めている。彼女は利用されたのだろうか。

「いや」

 それならばお家再興という口実が意味を成さなくなる。娘が殺されたことによって、妙観院が嫁いだ先は完全に途絶えることになる。彼女が今出家してしまっていることから考えて、遠縁は彼女に新しい夫を紹介することはなかったのだろう。

「妙観院様とは関係のない藩であるのは間違いないか」

 となると、村人がグルである可能性も消える。難しい。

「解らないことがあるのか?」

 あちこちに視線を走らせる飛鳥に、雨月はそんなに難しい事件なのかと横にやって来て訊いてくる。

「そうだな。例えば犯人がこの山からやって来たとして、夜、簡単に行き来できると思うか?」

 飛鳥はどう思うと雨月に訊ねる。

「俺たちでも難しいだろうな。とはいえ、予め道を決めておけば問題あるまい。犯行を行ったの者と、逃亡を手伝う者が大勢いれば可能だ」

「まあね」

 藩ぐるみの犯行となれば、人員に関してはかなり使えることになる。僧を運んだ駕籠というのもそうだ。

「でも、そうなると、こっちかあっちの山を越えた先にある藩が怪しいってことになるな」

 飛鳥はどうだろうと、家のすぐ傍にある山を指差した。家の裏手側の山を越えた先か、それとも、娘が寝ていた部屋の傍の山の先か。

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