第7話 花

 両親からの聞き取りを終え、飛鳥と優介はようやく花のところへと向った。可愛いという前評判どおり、大きな目の可愛らしい女の子が、菫と一緒にお人形遊びに興じていた。

「あっ、先生」

 先に菫が気づいて声を掛ける。それに釣られるように花も廊下に立つ二人に目を向けた。

「あっ」

 そして、花は飛鳥の顔を呆けたように見つめる。

 優介は子どもも魅了する顔かと、少し飛鳥の整った顔が妬ましくなった。しかも背は人より高く、優介と並んでも頭一つ以上高い。それでいて中性的な印象を与えるのだから、色々とびっくりするだろう。

「びっくりした。綺麗なお兄ちゃんでしょう」

 菫がそう言うので、優介はますますげんなりしてしまう。それに花は素直にうんと頷くと、飛鳥のところへ駆け寄った。

 飛鳥はそんな花に視線を合わせるために膝を折る。

「こんにちは」

「こんにちは。俺は飛鳥というもんだ」

「私は花。あの、ひょっとして」

 花はそこでもじもじとする。それは何か躊躇っているようだった。

「ひょっとして、俺も女の格好をするのか? って訊きたいのかい?」

 それに飛鳥が先回りして問い掛けると、花はびっくりした顔をした。

「ええっと」

「花ちゃんを三日ほど別の場所に案内してくれた人は、男なのに女の着物を着た人だったんだろ?」

 飛鳥が重ねて確認すると、花はようやくこくんと頷いた。しかし、顔はどうしようと困惑している。

「飛鳥さん、どういうことだい?」

 しかし、いきなりそんなことを言い出す飛鳥に優介は意味が解らんと問い掛ける。

「後で教えるよ。ところで、花ちゃん。そのお兄さんと三日間、何をしていたんだい?」

 飛鳥はさらに問い掛けるが

「それは駄目なの」

 と花はふるふると首を横に振る。

「別に俺はその人のことを困らせようとしているわけじゃないんだ。でも、花ちゃんみたいに勝手に家を空けちゃう子がいて困ってると相談されているんだ。花ちゃんだって、父ちゃんと母ちゃんが心配したことは知ってるんだろ」

「う、うん。でも」

 ここまで言っても歯切れが悪いとは、一体どんな秘密があるのやら。飛鳥は困ったなと顎を撫でる。

 女装した男が犯人だということは確定したが、その目的はやっぱり解らないままだ。

「花ちゃん。その、お兄ちゃんのところにいた時、何をしていたの?」

 菫がそう重ねて問うが、花はふるふると首を横に振る。しかし、周囲の大人が心配したことは解っているからか、今までのように強い拒絶ではなかった。

「怖い思いは全くしていないんだよね?」

 優介も重ねて質問してみる。

「全くしてないよ」

 そして、その問いにだけは明確な答えが返ってきたのだった。



 夕方。いつものように弁天屋で酒を傾けつつ、優介は首を捻っていた。

「一体どうなっているんだい? 女装した男が誘拐したってだけでも奇妙なのに、怖い思いは全くしていないなんて」

「別に女装していたことは問題じゃないさ。それに、女の格好で女の子に声を掛けていたのならば、周囲の人間が不審がらなかったのも頷けるからな」

 しかし、飛鳥は目的は何だろうと、そちらにしか興味がなかった。ここまでのことから、犯人の目的が性的なものではないことは確定だ。とすれば、花が怖い思いをしなかったというのも納得出来る。

 だが、どうしてあれほど頑なに話したがらないのだろう。

「女装した男って、目立たないのかねえ。ってか、変じゃないか?」

 一方、優介はこれが気になるようで、しきりにそんなことを言っている。飛鳥は変じゃないさと溜め息を吐く。

「だって、男だろ」

「世の中には色んな人間がいるんだよ。お前さん、戯作者のくせに頭が固いな」

「なっ」

 飛鳥の言葉にむっとする優介だ。しかし、頭が固いという指摘は絵草紙屋の親父にも言われたことがあるので、反省するしかない。

 そんな優介を見て、飛鳥は目の前にも変な奴がいるって気づかねえからなと苦笑するだけだ。鬼のくせに人間に化け、さらに町人の真似事をして生きるなんて、男が女の格好をして生きるよりも奇異だ。

 と、それはともかく、犯人の目的が解らないことには解決とはならない。しかも三日間、どこで何をしていたのかという問題も残っている。

「一体何があれば、あんなに口が堅くなるんだろうなあ」

 飛鳥がぼやくと

「まるでそのお兄さんと秘密を共有して楽しんでいるようですよね」

 と、菫が声を掛けて来た。先ほどまでとは違い、前掛けに動きやすく襷をした姿だ。

「今日は悪かったね。で、秘密を共有して楽しんでいる、だって」

 それってどういうことだと、目の前の戯作者より役に立ちそうなので訊ねる。

「女の子同士だと、私たちだけの秘密って言い合って、何かを隠して遊んだりするもんですよ。秘密のおまじない、みたいなものが好きなんですよねえ。男の子だと、何だろう。穴場の釣りの場所とか、そういうのを、仲間内だけで共有する、みたいな」

「ああ」

 菫の指摘に、それはあるのかもと飛鳥は頷く。ふむ、なかなか鋭い。

「ってことは、秘密にすることに価値があるってことかい?」

 菫がやって来たことで復活した優介がそう訊ねる。

「ええ。花ちゃん、その時のことを思い出してか、楽しそうな顔をするんですもん。そのお兄さんと、何か面白い遊びをしたんでしょうねえ」

 そう言って菫は注文していたイカの炙りを置いて奥に引っ込んでいく。

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