第2話 陽菜の浮気

 次の日、俺は同じクラスの友達である佐藤智樹と繁華街へ遊びに来ていた。この日の最大の目的は、ついに公開となった、俺と智樹が好きなマンガの劇場アニメを朝一の上映回で見ることだった。


 上映時間の40分前に映画館に着くと、グッズを求める人がレジの前に大行列を成し、ロビーは人で溢れかえっていた。遠目にチケット売り場の大型モニターを見ると、俺らが見る映画のところには横一列に×が並んでいる。


「うわ、これすげーな。こんなにも人集まるのか」


「良太お前舐めすぎ。週刊少年コミックスで人気トップを争ってるような作品なんだから当然だろ。お前が言ってたみたいに当日映画館でチケット買って、見た後にグッズ買おうとしてたら映画見ることもグッズ買うことも出来てなかったぞ」


「お前の言った通りだったわ。ほんとありがとな」


 智樹がチケットはネット予約をして、グッズは早く行って先に買おうと言ってきた時は、それはやり過ぎだろ、と思ったけど、そうしておいて正解だった。


 智樹のおかげで俺は予定通りに目当てのグッズを買って、朝一の上映回で映画を見れた。


 上映が終わるとほぼ正午で、外に出ると六月の梅雨真っ只中にあって珍しく陽が燦々さんさんと降り注いでいた。


「なあ良太、今日暑くないか?」


「ああ、くそ暑い。頼むから蒸し暑いか日差しが強いかのどっちかにしてくれよ……」


「ほんとそれ。早く涼しい所に行って昼飯食べようぜ」


「そうだな」


 俺たちは良さそうな店がないか周りを見ながら繁華街をしばらく歩いた。そうしていると、信号がある訳でも人とぶつかった訳でもないのに、智樹が突然立ち止まった。


「あ、どうした?」


「なぁ、あれってお前の彼女じゃね? 男と二人で出かけてるけどいいのか?」


「はぁ、お前の見間違いじゃないのか。陽菜から何も聞いてないし、陽菜が俺に何も言わずにそんなことする訳ないだろ」


「いや、でも全くの他人にしてはちょっと似過ぎだぞ」


「ったく、どこだよ」


 陽菜が浮気なんかするはずがない。だから絶対違うと思うけど、智樹がうるさいから一応見ておくことにした。

 

「あのコンビニの前。背の高い男と一緒にいる子」


「……ああ、分かった」


 確かに陽菜に似た女が背の高い男と楽しそうに話しながら歩いていた。だけど、その女が陽菜かどうかはちょっと分からない。


「うーん、すげぇ似てるけど、違うと信じたいなぁ……」


 その時、その女が何かにつまづいて転びそうになったが、男が咄嗟に女の腕を掴んだため、女は転ばずに済んだ。


 ただ、転びかけて姿勢が変わったことで、それまで見えていなかった、女が肩からかけているバッグがはっきりと見えるようになった。


 そのバッグを見て、背筋が凍った。


 あのバッグ、陽菜が持ってるのと同じやつだ。しかも、そのバッグに付いているキーホルダー。それは以前陽菜と一緒に行ったテーマパークでお揃いで買った、そのテーマパークのキャラのキーホルダーだ。


 陽菜はそのキーホルダーを、その女が持っているのと同じバッグにつけている。


「嘘だろ……あれ陽菜だ」


「え、ほんとなのか!」


 俺と智樹は二人を凝視した。


 陽菜と男は笑顔で数瞬見つめ合うと、男の方が腰をかがめ、陽菜は少し背伸びしながら男の首に手を回してハグをした。そして、そのまま男の首筋にキスをした。


「あ……」


 俺は口をポカーンと開けたまま固まった。多分智樹も同じような反応をしてると思う。


「うわぁ~、あのバカップルこんな人混みでハグとキスしてやがる」


「リア充め、爆発しやがれ!」


 周りにいる人々からこんな声が聞こえてきた。


 陽菜、どうして…………。


 しばらく息をするのも忘れて二人の様子を眺めた。二人は何事もなかったかのようにまた話しながら俺らとは反対の方向へ歩いて行った。


 俺は少し息苦しくなってきて、息を吸おうとしたけど、上手く吸えない。おまけに目の前が暗くなってきて、足に上手く力が入らない――。


「お、おい! 良太大丈夫か?」


***


息苦しくなってよろけた俺は智樹に支えられてなんとか倒れずに済み、その後智樹の肩を借りて近くのファストフード店に入った。


「俺からの奢りだ。遠慮せず飲んでくれ」


「あぁ、サンキュー」


 テーブル席に座って呼吸を整えていると、智樹がコーラを買ってきた。


 一口飲むと口の中で炭酸が弾けた。暑い日にキンキンに冷えたコーラは最高で、いつもなら「ぷはぁー、最高!」と言うけれど、今日はそんな気にはなれなかった。


 コーラを飲んで少し落ち着いたところで、智樹が聞いてきた。


「良太、あれマジでお前の彼女だったんか?」


「ああ、間違いない。陽菜だ」


「でもお前らめっちゃラブラブだったじゃねーかよ。それで浮気なんてするか?」


「そうだよ! だから動揺してるんだよ!」


 思わず大声を出してしまい、周りの客が驚いて一斉に俺らを見てきた。


「あ……すまん」


「いや、俺が余計なことを言った。俺の方こそすまん」


 俺らの間に沈黙が流れた。


 しばらくして、沈黙を破ったのは智樹の方だった。


「んで、良太はこれからどうするんだ?」


「これから……か。まだ何も考えてなかったな」


「そうか。まあ、一度会って話した方がいいんじゃないか? それで会えるか聞く時に浮気のことは話さない方がいい。もし本当だった時に言い訳を考えられちまうからな」


「分かった」


 俺はスマホを取り出し、この後会えるか陽菜にメッセージを送った。他にもっといい行動があったかもしれないけど、俺にそれを考えられるほどの余裕がなかった。


「今メッセージ送った」


「じゃあ、返事待ちだな。とりあえずお腹減ったし、ハンバーガー食べようぜ!」


「ああ、俺もお腹減ったよ」


 財布を持って、二人でレジの列に並んで買った。智樹はがっつりハンバーガーとポテトのセットにしたけど、俺はハンバーガーだけにした。俺もお腹は空いているけど、浮気されたことのショックが大きくて食べ物があまり喉を通らなさそうな気がしたから。


 この選択が、結果として後の修羅場に繋がってしまうとは、この時は思いもしなかった。



 

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