プロローグ4 やるか、やらないかで迷ったなら
「もう、アノン。今日は、あたしとデートする約束でしょ」
女性はそう言って、ゴウの前に立ちはだかる黒ネコを抱き上げた。
そして、その様子を見ていたゴウに気付いて軽く会釈した。
立ち去ろうとする女性に、ゴウは声をかけた。
「あ、あの、もしかして、ルリカ先生じゃないすか?」
女性は黒ネコを抱いたまま、じっとゴウを見ている。
なにを思っているのか定かでないが、どうか思い出して欲しい。
ゴウは、ほのかに期待していた。
だが、彼女は首をこてりと傾けた!
がーん……。
今のゴウの心境はまさに、
orz
である。
いまでは、ほどんど目にしないネットスラングであるが……。
「え、えーっと……?」
「オレ、先生の
ゴウは大学2年生のときに、ルリカが
ルリカは容姿端麗なうえに説明も上手かったので、彼女の講義は
なんとゴウでさえ、全出席した講義である。
素直に、ルリカの講義はとてもわかりやすく面白かった。
講義の後、解らないところがあると積極的に質問までした。
べつに、ルリカの気を引くためとか、ワンチャン禁断の関係になろうとか考えたワケではない。
だが、ルリカの記憶のなかにゴウが砂粒ほども残らなかったとしても、不思議ではない。
ルリカは他の大学でも、非常勤で講義を担当している。
いずれも人気講義で、毎年、履修登録のさい抽選になるほどだ。
じつに年間で累計2000名の学生が、彼女の講義を履修する。
ゴウが
それでも、ゴウの成績が群を抜いて優秀だったなら、彼女の記憶に残っただろう。
しかし、ほとんどの科目がギリギリ単位取得という成績では、その望みは薄い。
「うーん……、
奇跡的に覚えていたようだ。
ちなみに
「そうです。そうです。損害賠償の算定基準時のはなしとか……」
ぱぁっとした顔で言った。
損害賠償の算定基準時というのは……とても難しいお話なので、とりあえずスルーしてよい。
ここで重要なことは、ルリカがゴウを記憶していたという点だ。
「懐かしいねぇ。あれから、どうしてるの?」
「……」
一瞬で凍り付いた。
どうもこうも、なにもしていない。
というか、こんな平日に私服で神社をぶらぶらしている点でお察しなのだが…。
ちなみにこの日のルリカは、たまたま講義がなかったため、久しぶりに黒猫のアノンとお散歩デート中である。
ルリカは、アノンを抱きかかえながら拝殿に向かって歩き出した。
ゴウもその後について行く。
そして、拝殿の隅でふたりは腰を下ろした。
「……えっと、卒業……したんですけど、就職が決まらなくて……」
「そう……」
そう答えると、ルリカは目を細めてアノンを見ながらもふもふし始める。
アノンは、気持ちよさそうにコロコロと喉を鳴らしていた。
「バイトもクビになって……」
「うーん……」
「んで、時間だけはあるんで、資格取得の勉強をしようかと考えています」
その言葉を聞いて、ルリカはゴウに視線を向けた。
その視線に、ゴウは少し怯む。
……ルリカの
「『資格取得の勉強をしようか』かぁ。つまり、まだ、なにもしていないと」
どきっ、とした。
「いま、ネットで色々調べているんですけど…」
しどろもどろになって、言い訳を始めた。
「……どの資格を取得するのか、決めた?」
「はい。貸金業務取扱主任者というのがあって……」
「へぇ。いいんじゃない。いきなり司法試験とか言い出したら止めようと思ったけど、貸金主任者試験ならいいと思う」
「そうすか」
なんだか、少しほっとしたような嬉しいような気持になって、ゴウはへにゃりと笑う。
「でもぉ、決めているなら動かなきゃ。やるか、やらないかで迷っているなら、やるの。やれば、いいのよ」
ゴウは、目を丸くしてルリカを見た。
ルリカの力強い視線が、ゴウに直撃した。
「ね?」
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