輪廻を断ち切る者

サクヤ大佐

序章 死による終わりと始まり

「――終わった…のか…な。」

 身体がふらつき、ゆっくりと地面に倒れていった。双剣を握る力すら残っておらず、微睡まどろみに落ちるように私は意識を失った。

(ここが、限界…か。)



 地面に咲いた鮮血の華、おびただしい数の死体の山…隣国からの宣戦布告せんせんふこくにより、この国は蹂躙じゅうりんされていた。いくら龍の加護を得ていたとしても、神の力をその身に宿した兵士に、物量で圧倒されては無力だった。木霊こだまする悲鳴は周囲から鳴り止まず、まさしく阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずだった。そんな中、ここ野営の救護所だけは静寂せいじゃくに包まれていた。



 『神の尖兵』――戦場に現れた白い鎧を纏いし神の使いをそう呼称した。その力は敵兵およそ五十人分に匹敵するとまで言われている。その尖兵を、少女は救護所を守るため退

――最早それは奇跡に近かったが、その代償はあまりにも大きかった。脇腹と左目はえぐり取られ、右腕は裂傷れっしょうにより出血が止まらず、辺りは血溜まりになっていた。


「ぅ…ぁ…。」

 朦朧もうろうとする意識を取り戻すと、同い年くらいの金髪の少女と四・五人の治癒術者が私に駆け寄ってきていた。

「いや…死なないで!」

「――絶対助けますから!」

 目から涙が零れそうになりながら、必死に治癒術を掛けていた。だが、しかし――

(やっぱり、傷が塞がらない…)

 原因は分かっていた。過去に賊から右腕に受けた裂傷痕れっしょうこんの傷口は再び開き、治癒を複数掛けても血は止まる気配がなかった。

「だめ――これ以上は。」

「嫌ですっ!絶対――見捨てません!」

 術者の顔からは血の気が引き、手元がおぼつかなくなってきていた。それでも、一%の可能性を信じて必死に続けたが……状況は変わらなかった。



「なんで――逃げなかったのよ!…怖く、なかったの?」

「――っ!?」

 金髪の少女は目を赤く腫らし、涙を溜めながら怒っていた。

(怖くなかった?――か。確かに、逃げれば痛くなかったかも…。)

 しかし、私はそれを良しとしなかった――否、出来なかった。


『ここで逃げれば、諦めながらも積み上げてきた物を否定することになる。』


 戦う直前、最期に頭に浮かんだ言葉が、私を突き動かした。

「――だって、逃げるなんて…格好悪い…じゃん。」

 手足からは力がすっと抜けてきていたが、力無く少女に笑いかけた。結果としてこの笑顔も、救護所の安全も守ることが出来た。

――もう、十分だった。


(ああ、でも――もっと助けたかったな。)


 それでも…願ってしまった。走馬灯そうまとうがよぎり、在りし日の記憶を垣間見かいまみ芽生めばえた、たった一つの小さな願い。誰にも聞かれることは無かった。


『ならばその願い、この私が叶えよう。』

 ただ一人、微睡みの中で見たふわふわと宙に浮かぶ白いローブを着た少年を除いては。

(――誰?)

 少年の姿は誰にも見えなかった。正体を知りたくて必死に手を伸ばしたが、その手が届くことは無かった。

『…どうか混沌こんとん輪廻りんねが渦巻く世界で、前に進もうとする力をもたらしておくれ。』 

 うららかな陽気に包まれるような話し方だった。安心したのか、うたた寝するかの如く事切れていった。




「…この身が滅びようとも最後まで足掻あがいてやるっ!」

 少女がこと切れた後、傍らに寄り添っていた金髪の少女――“”は涙を流しながら、堅く決意するのだった。


――これ以上、悲劇が繰り返されないように。

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