第2話

「トワロ、勇者なんて信じてるの?」

私が聞くとトワロはにっこりと笑って頷いた。

思わず見とれてしまう。


「朝葉様だけではありません。時々、転生してくる方がおられますので」

「そうなんだ」

トワロと話ながら王宮を出ると、街が広がっていた。

「どこか行きたい場所はありますか?」

「市場!」


私は間髪入れずに答えた。

この世界の食生活はどうなっているのか気になってしょうがない。

「は? 市場ですか? 武器屋や道具屋ではなくて、ですか?」

「はい、市場でどんな食材が買えるか見てみたいんです」

「・・・・・・分かりました」


トワロには悪いけれど、武器屋なんて興味が無い。

「それでは、市場に行きましょう」

トワロはスタスタと歩きながら、私に言った。

「朝葉様は、ちょっと今までの方とは変わっていらっしゃいます」

「そうなんですか?」

「はい、市場を見たいと言った勇者様はおられませんでした」

「あはは」

私は笑ってごまかした。


「朝葉様、着きました」

「ここが、市場?」

「はい」

私は驚いた。だって、お店が4軒しかない。

果物を売っているお店と、魚を売って居るお店、お肉屋さんと調味料屋さんしか無かった。


「皆、こんな物だけで生活してるの?」

トワロは苦笑いをして言った。

「はい、そうですが」

トワロは言葉を続けた。

「後は森に生えているキノコをとったり、葉っぱをつんだりしています」


がっかりだ。

この世界の食事はあまり期待できそうに無い。

「トワロ、食堂へ連れて行って」

「はい、朝葉様」

私は、絶望しかけながらも、わずかな希望の糸を食堂にかけた。


「こちらです」

「ここだけ?」

「はい」

古ぼけた看板に、初めて見る文字で何か書いてある。

「入りますか?」

「はい」


トワロはドアを開けた。

「いらっしゃい」

お店の人は年をとっていて、お客さんはまばらだった。

「おすすめを一品お願いします」

「はいよ」


トワロが注文すると、すぐにお店の奥でジュウジュウと何かを焼く音がした。

私のお腹が鳴った。顔が赤くなる。

トワロはお腹の音に気づかない様子で、私のことをしげしげと見つめていた。

「何か?」

私が訊ねるとトワロは困った様子で答えた。

「いえ、食堂に入るのは久しぶりなので」

「いつもは何を食べてるの?」


「あり合わせの物を少々」

トワロが答えていると、お店の人がやってきた。

「はいよ、おまたせ。今日のおすすめはブラックフィッシュの塩焼きだよ」

「ありがとうございます」

私は運ばれて来た皿の上を見て、呆気にとられた。


魚の丸焼きだけど、ちっとも美味しそうじゃ無い。

「いただきます」

私は恐る恐るフォークでそれを突き刺した。

一口食べる。


ま・ず・い


塩がまだらにかかっていて、味のしないところと、しょっぱいところがある。

火は中まで通っているようだから、食中毒の心配はなさそうだけど。

「ねぇ、いつもこんな物食べてるの?」

私はトワロに小声で聞いた。

「はい、そうですね」

トワロは水を飲みながら答えた。


これなら、私が自分で調理した方がよっぽど美味しい。

でも、食べ物を粗末に出来ない性分なのが悔しい。

私は魚を食べ終えると言った。

「ごちそうさまでした」


トワロはそれを聞くと、お会計をした。

「1000ギルです」

「高いの?」

「普通です」


トワロは食堂を出ると、武器屋と防具屋を回ると言った。

私はとりあえず、その言葉に従った。

武器も防具も、お店にある最上の物を買って、装備させてくれた。

「似合ってますよ、朝葉様」

「ありがとう、トワロ」


最高品と言うだけあって、軽くて動きやすかった。

私の装備が整うとトワロが言った。

「明日は、森を案内します。スライムが少々出ますが、今の朝葉様なら問題ないでしょう」

「そうですか」

私は不安だったが、トワロの笑顔を見て安心した。

「あの、トワロ」

「はい?」


私は一番の心配事を言った。

「台所付きの部屋に住むことは出来るのかしら?」

「それは、問題ありません」

トワロはそう言って、私に微笑みかけた。

「朝葉様は食べることが好きなんですね」

「はい」

私は元気よく答えてしまった。


「それでは女王様に台所付きの一軒家を手配するよう、お伝えしましょう」

「一軒家!? そんな贅沢は言いませんよ」

「いいえ、朝葉様にはそれだけ期待がかかっているんです」

私はちょっと気が引けた。

勇者なんて自信がない。


だけど、調理師なら少し自信が出来た。

この国の調理レベルは低い。

美味しい物が大好きな私だから、美味しい物を作るのも楽しい。

今は、あまり深く考えないでおこう。


「私に勇者なんて務まるかな」

「大丈夫です、朝葉様」

トワロはまっすぐに見つめ返してきた。

私は、ドキドキしながらも、頭は別のことを考えていた。


美味しい物、早く食べたい!

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