消えた手がかり 5

 視界がぐわりと歪むのと、焚いた香の煙が形の悪い渦を巻くのと。アレックの体調は最悪だった。

 探すのは人形、それから銀のペンダントだ。けれど何かが邪魔をしているのがわかる。香の強い匂いに酔って、とうとうソファーに横になって気絶するように眠ってしまった。


 夢の中で、シルマ王女がこちらを睨みつけていた。何がそんなに気に入らないんだ。

 あなたのせいよ、と王女の目が責めていた。そうだ、今度こそ睨まれても仕方のないことをした。彼女の視線に堪えきれなくて、目をそらす。沈黙が続いて、もう一度見た時には、そこに王女の姿はなく、足元に人形が落ちていた。虚空を見つめる青いガラス玉の目に少しためらいながら手を伸ばすと、横から黒い袖が伸びてきて、男が人形を拾い上げる。人形は男の手から、炎を上げる焼却炉の中へ――


 肩を揺すられて、アレックははっと目を覚ました。顔を上げると、そこは見慣れたリビングだったので、少しほっとした。額には嫌な汗をかいていた。

 アレックを起こしたのはミシェルだった。かすれた声で「なに」と尋ねると、ミシェルは玄関を指さしてこう言った。

「兵隊さんがアレック兄さんをよんでるの」

「え?」

「お城の服きたおじさん」

 まだ煙が立ち上っていた香の火を急いで消して、アレックは慌てて玄関に向かった。戸口に立っていた、近衛兵の軍服を着たよく見知った衛兵副隊長が軽く敬礼した。

「かわいらしい妹さんがおられたとは」

 と副隊長。

「お待たせして申し訳ありません」言いながらアレックは緩めていたシャツのボタンをかける。「えぇと、私に御用があるようで」

「こちらこそ、お疲れのところ突然押しかけてすみません。少々、お時間を割いてもよろしいでしょうか」

「構いませんが……どうぞ、中へ」

「いや、すぐにまた戻らねばならなく、立ち話で失礼したい。用というのは、あなたのお力をお借りできないかという相談なのです。お恥ずかしい話ですが、今まさに、街なかで乱闘騒ぎを起こしている騎士隊がおりまして。というのも、騎士隊隊長の部隊数名が街なかでヴァルメキ人らしい団体ともみ合いになっていまして。私どもで抑え込もうとしたのですが、収まる様子もなく……そこで、そう離れていない場所にアレック殿がいると思い出し、ここに参った次第なのですが」

 なんだ次から次へと問題ごとばかりか。話す副隊長があまりに困った様子なので、断り切れないアレックは二つ返事で了承する。

 馬は乗れるかと問われ、問題ないと答えた。話を聞くところによると、騎士隊も衛兵隊も隊長は今、王様と会議の最中であり、騎士隊の副隊長に至っては、王女捜索のために遠征中。統制がとれていたのは衛兵隊の副隊長率いる部隊のみだという。

「どうしてヴァルメキ人が街に?」

 用意された馬に乗りながら、アレックは尋ねた。

「いつ入国したのかはわかりかねますが、たしかに着ている緑の軍服はヴァルメキの兵かと。酒場で暴れていたところを店の主人に通報され、近くを通りかかった騎士隊が駆けつけたとのことです」


 馬を走らせ、ようやく現場に到着すると、すでに店の前には野次馬が群がり、その向こうで何が起こっているのかよく見えない状況だった。

「負けんじゃねーぞ!」

「さっさと追い出しちまいなよ! ヴァルメキ人なんざ災いのもとだよ!」

 怒号が飛び交う中、副隊長を先陣に、アレックも野次馬の群れを割いて進む。中からピーッと笛の音が響いていた。

「ねえ見て、あの人。魔法使いじゃない?」

「ああ、あの背の高い人」

 ひそひそ聞こえる噂話を背に、たどり着いた乱闘騒ぎの中心は、アレックも顔見知りの騎士たちが地面の泥もなんのその、話に聞いていた通り緑の軍服姿の男たちともみくちゃになりながら殴り合いをしていた。見たところ、互いに武器を使っていないあたり、まだ理性は残っているらしいが、骨の一、二本折った者はいるに違いない。

 警笛の音など誰も気にしていなかった。投げ飛ばされて足元まで転がってきた騎士の一人を助け起こすと、アレックは声をかける。

「もうよせ」

 けれども、騎士は血が混じったつばを吐きだして、アレックに答えた。

「シルマ様を侮辱したんだ。黙ってられるものか」

「おい、そこの兄さんよ」

 しゃがんでいた上から声をかけられ、とっさにアレックは身を避ける。どうも殴りかかるつもりが空振りに終わった緑の軍服の酔っ払いが、頭にきたのかアレックの足をひっかけようと蹴りつけた。地面に左手をつき、アレックは体を回転させた勢いのまま、すぐそばにいた副隊長の剣を引き抜く。驚く副隊長を後目に、抜いた剣の柄で酔っ払いの腹を突いた。

「うっ」

 そのまま倒れこんだ酔っ払いを近くの壁に寄りかからせると、「おみごと」と副隊長。

 勝手に取ってしまった剣を返しつつ、アレックは言った。

「……状況はわかりました。これ以上けが人を出さないためにも、一度眠らせてしまいましょう。関係ない人たちと、それから副隊長の部下の方々も、少し距離を取っていただけませんか。あと、眠らせた騎士の方々を運ぶ準備もお願いします」

 

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