消えた手がかり 3

「あの、それで」

 エルメスが恥じらうように小さく口を開く。

「いや、お忙しいところお呼びして申し訳ありません。少しお尋ねしたいことがありまして」

「はい」

 エルメスはさっと周りに鋭い目を向けた。廊下にいた何人かが、慌てて背を向けて歩き出す。

「場所、変えましょうか?」

 そう言うエルメスが一番、場所を変えたがっているようだったが、アレックはとにかく急ぎたい一心だった。

「いえ、構いません。実は、昨日あなたがお持ちになっていた人形のことで。あれは今どちらに?」

 すると明らかにエルメスは残念そうな顔をした。

「そんなことでいらっしゃったのですか? あ、いえ、そんなことではなく……それでしたら、私はお役に立てませんわ」

「と言いますと」

「失くしてしまったんです。昨日、部屋に置いていたのをすっかり忘れて……あんな騒ぎだったでしょう。思い出した時には置いていた場所にはもうなくて」

「何か、心当たりは?」

「他のみんなには訊いてまわりました。でもみんな知らないって。心当たりはありません。あの人形でないとならないのでしょうか? 私でしたら、似たものを作ることはできますわ」

 そういう問題ではないことは、エルメスには知りようもない。アレックは首を振ると、お礼を言って踵を返した。

 エルメスが拾ったのだとわかった以上、すぐに見つかるものと思っていたアレックは、とにかく焦るばかりだった。広い城の中、手あたり次第に人形を捜して回る。その様子に驚いた使用人たちが何人も声をかけてきたが、まさかこの緊急事態に人形を捜しているなどと説明できるはずもない。

 階段を降りる途中で軽くめまいに襲われた。手すりに寄りかかって足を止めると、近くにいた衛兵に大丈夫かと声をかけられ、アレックはとっさに作り笑いを向ける。今朝、王女の手がかりを得るために強い力を使ったのが、ここにきて一気に表れていた。これ以上は動き回れない。できれば騎士隊長に顔を合わせておきたいところだったが、それも諦めてアレックは家に帰ることにした。



 家にフローナの姿は見当たらなかった。ガットとミシェルもまだ学校から帰ってきていない。誰もいない静かなリビングは、相変わらずきれいに片付けられていて、食事を取ろうにも、見たところ食べるものはなさそうだった。

 アレックは上着を脱ぎすて、ソファーに倒れるようにして仰向けになった。力任せにソファーの背もたれを殴る。やっぱりイライラして仕方がない。

 視界は歪むようにぐるぐると回っていた。この状態では、今朝と同じ力は使えない。諦めて少し休もうと思ったのもつかの間、ガットとミシェルが玄関を開けて帰ってきてしまった。

「あれ、フローナがいない」

「えぇー、おやつは?」

 フローナを呼ぶ大声に、アレックはたまらず上着を引っ張って頭にかけた。その上から腕で抑えて、耳をふさぐ。

「ガット、ソファーにだれかいる」

 と息をひそめたミシェル。

「フローナが寝てるんじゃない?」

「フローナはそんなところでねないでしょ」

 勘弁してくれ。アレックがため息を吐くと、「なんだ、アレックか」とすぐ真上からガットの声が降ってきた。上着を引っ張ろうとするので、アレックは軽く静電気を放ってやった。

「いてっ」

「アレック兄さん、今日は早いのね」

「ミシェル、その服バチってくるから触らないほうがいいかも。アレック起こすとまた怒られるよ」

「どこか、具合がわるいんじゃないのかな」

 ミシェルがあまりに心配そうに言うので、アレックは上着を退けて、気だるく答えた。

「頼むから静かにして」

「ほらー! やっぱりおきてた!」

「アレック、王様のお城に行ってたんじゃないの? もういいの?」

 放っておいてくれと言ったところで、この二人には無駄なことくらいわかりきっている。何も答えずに無視をするとガットがあからさまに顔を覗き込んできた。

「何?」

「ねえ、なんでアレックは王女様を見つけられないの? まだ見つからないってことは、そういうことでしょ?」

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