第2章 行方不明

行方不明 1

 ガラスに映った赤い髪を見て、搔きむしりたくなる衝動を抑える。自分の姿にしかめっ面をしてみせ、作った拳で軽くガラスを殴った。ゴッというガラスの音と、じーんと骨が痛む衝撃。肩を落として、ガラスから離れた。ため息が漏れる。

 アレックは近ごろ、憂鬱で仕方がなかった。こんな時にこんなところで人助けをしている場合じゃない。そもそも自分の目的を忘れていないだろうか。自分は何をしにここに来た?

 クアラーク出身ではないアレックが、クアラークの王城に出入りをし、城の郊外で暮らしているのには訳がある。人を捜しているのだ。それも、自分の今後の運命を左右するような、重要な。ところが、故郷を離れて十一ヵ月。ほとんど一年を費やして、一番情報を得やすいと思っていた王城に出入りしても、いまだに成果は上がらない。

 そもそも、顔も名前も性別すらも知らないということに問題がある。ひととおり、アレックは自分なりに目星をつけてやってきたはいいが、期待していた人とはまともに会話もできない状態。だからと諦めてしまっては、それこそ途方に暮れてしまう。だったらこの城に何が何でもいるために、自分ができることといえばやっぱり人を助けることのほかになかった。


 朝早くから召集された定例の会議を終えて、いい加減家に帰って、朝寝ることができなかった時間を取り戻したかった。このところ気持ちの焦りのせいか、夜はまともに眠れていない。ようやく明け方近くになってからうとうとし始めたというのに、この朝の会議だ。国の役人でもない自分を信用してくれるのは嬉しいが、これでは身が持たない。

 会議とは名ばかりで、各々の近況報告をする場でしかなかった。花粉アレルギーにはつらい季節がやってきたと嘆く環境大臣や、甥の有能さをアピールする財務大臣。書記は、飲み物を運んできた使用人と何やら楽しげにおしゃべるを始める始末。

 唯一、政治らしい話が出てきたと思えば、とある町長選にあの人が立候補した、なんかであって、しまいには港の漁獲高が低くなっている、とどうにかしてくれないかと言わんばかりの目で農漁業大臣はアレックを見つめる。

 極力目立たないようにとだんまりを決めていたアレックでも、こうも期待に満ちた目で皆に見られてしまうと、大声で怒鳴りたくもなってきた。

 魔法は万能の力。魔法の認識が甘いクアラークでは、たいていの人がそう勘違いをしているようだった。

 考えてみればわかりそうなことなのに。魔法で何もかもできるのであれば、世界はこううまくは回らない。どこかに必ずほころびができる。

 アレックの悩みの種は他にもあった。この城の使用人たちだ。よほど頼みたいことがあるのか、はたまた何か聞いてもらいたい愚痴でもあるのか、会議を終えて部屋を出れば、なぜか男女問わず使用人たちに追いかけられることになった。よそ者である以上、無礼な態度をとるわけにもいかず、やんわりと断りを入れつつその場を離れようとするのだが、特に女性陣はどこまでもついてくるからたまらない。

 またの機会に! と言い放ち、やっとの思いで図書室へ逃げ込み、落ち着いた頃に廊下に出れば曲がり角で第二王女とぶつかった。

 なぜなのか、彼女はひどくアレックを嫌っている。本人に自覚があるのかないのか、顔を合わす度アレックは彼女に睨まれた。いつだって、声をかけてもまともに返事をされることがない。初めて城へ来た時はそんなことはなかったはずなのに、いったい何が原因でこうなったのか。いつしかアレックも王女に対しては、ひねくれた態度しかとれなくなってきたから自分でも困っていた。本当はもっと普通に話がしたかった。

 腑に落ちない気分で頼まれていた城壁の修繕を終わらせて、いざ帰ろうとすると、今度は国王の近侍だという男性が「おぉい」と気の抜ける声でアレックを呼んだ。

「王様がアレック殿とともに、ご朝食はどうかと仰っておられるのですが」

 王様自らの誘いとあれば、断るわけにもいくまい。仕方なく二つ返事で後につく。

 これはもう、休息は当分とれそうにないと覚悟するしかない。

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