手紙にかけられた魔法 5

 木漏れ日がきらきらと輝いている。シルマは外に出たいと無性に思った。こんな清々しい朝なのだから、城なんかにいないで活気ある街中に行ってみたい。今日は休日だから市が開かれているのかもしれない。

 ふうとため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げると言ったのは誰だっただろう。

 上にあげた手が天井に届くくらいに背伸びをして、ふと部屋の扉を振り向いた。ドアは開く気配がない。ましてやエルメスが戻ってくるなんて、微塵もないだろう。きっと他の侍女たちも例の魔法使いのところに行ったに違いない。さすがにオルコットまでもが彼のファンだとは思えないけれど、使用人頭はまた別のことで忙しいはずだ。彼女と顔を合わすのは、いつも昼近くになってからのことだった。

 誰にも相手にされないのも、それはそれで良いかもしれない。今は一人になって、不思議な夢のことについてあれこれ考えたかった。考えたって意味のないことかもしれないけれど、退屈まぎれにはもってこいだ。

 どうせなら、誰も来ることのないところへ行ってみよう。裏庭がいいかも。あそこなら滅多に人は見ないし、たしかベンチが置いてあったはず。

 ベッドの横に置いていたお気に入りの銀のブレスレットを腕にはめてシルマは部屋を出た。

 廊下はがらんと静まり返っていて、人ひとりいなかった。

 どこを通れば人に会わずに済むのかなんてシルマはよく知っている。朝から会議があった以上、客間の方を通れば誰かしらいるのはわかりきったことだから、そこを避けて図書室の方から行こう。コレット教授ならまだ来ていないはず。

 そうして進んだ先、角を右に曲がった時だった。

「わっ!」

 対面から人にぶつかって、シルマは驚いて声を上げてしまった。

「ごめんなさい、ぼーっとしていて」

「失礼しました」

 重なった声にはっと息を止める。この声、この背丈――なんてついていないんだろう!

 赤毛の魔法使いは、シルマを見て目を丸くさせた。

「シルマ様ではありませんか。おひとりですか?」

 身長差があるとはいえ、王女のシルマを見下ろすのはさすがに遠慮したのか、彼はシルマからさらに数歩下がる。

 よりにもよって、一番会いたくない人に会うなんて。

「……ええ、まあ」

 答えて、少し顔を見上げた。やっぱり、良くも悪くも記憶に残りにくい、ごく普通の顔。

「どちらへ?」

 訊かれて、少し困って、口をついて出たのは先ほどエルメスに言われたことと同じ嫌味だった。

「私がどこへ行こうと、あなたには関係のないことでしょう」

 そんなシルマに魔法使いは少し不快な表情をしてみせたが、それもまた一瞬で普段通りの真面目な好青年ぶりを見せるから、シルマはさらに気に入らない。

「私は先ほどまで図書室におりまして」

「そう。私もこれから図書室へ行こうと思っていたのです。会議は終わりましたのでしょう? もうお帰りですか、――えーっと」

 本当は名前なんて嫌でも知っている。本人がいないところで何度その名前を聞いたことか。

 やはり魔法使いは、穏やかに微笑んで見せた。

「アレックです。覚えていただけると嬉しいですが、無理にとは申しません」

 考えてみれば、いつもこの人から逃げてきたから、こうしてこんな近くで話したのは最初の日以来かもしれない。この人、こんなきれいな目をしていたかしら。

 はっとして顔をそらす。

「そうでしたね。私、人の名前って覚えられなくて。もしお帰りなら、客間の方は避けるといいわ」

 そう言ってから余計なことだったと気づいた。女の子たちが待ち伏せしているのをわざわざ親切に教えてあげることもなかったのに。

 魔法使いアレックもはっとして、軽く目をみはる。

「それは助かりま――」

「私が言うことでもありませんでした。どうぞ、お好きな道を通ってお帰りください。そろそろ行きたいので、そこをどいていただけますか」

 一瞬、アレックが不機嫌そうに見えたのは気のせいだろうか。すぐに微笑み返してきたのでわからなかった。

「大変失礼いたしました。どうぞ、お通りください、王女様」

 長い上着のすそをわざとらしくひるがえして、優雅にアレックは道をゆずる。キーッとシルマは内心怒り爆発だ。なんて嫌なやつ! どうしてこの人の方が偉そうに見えるんだろう!



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