手紙にかけられた魔法 3

 エルメスのそんな態度にシルマも不満爆発寸前だ。

 丁寧だけど力をこめて髪をとかされて、引っかかる髪が引っ張られて痛いから、シルマも無言でブラシをひったくり自分で髪をとかす。エルメスは特に気にすることなく、部屋を出ていくと、今度はシルマの服を数着手に持って戻ってきた。シルマは、淡い水色の服を指さした。胸元が繊細な網目になっているくらいで、他に装飾が少ないシンプルな服なので、これなら楽で動きやすい。

「ねえ、怒ってる?」

 着替えながらシルマはエルメスに尋ねた。どうして私が気をつかわなくちゃいけないのよ、そんな気持ちも込めたつもりだった。

「怒ってるですって? とんでもない」

 シルマに眉を寄せて見せたエルメスは、それから視線をそらして続けた。

「ちょっと急ぎの用があるだけです」

「こんな朝から?」

 シルマが訊くと、じろりと見返された。

「シルマ様はお忘れかもしれませんが、今朝は定例の会議がありましたからね。もうすでに多くのお役人の方々が見えております」

 こんな時間まで寝巻でいるのはあなたくらいです、とでも言わんばかりの言い方だ。

 ――いい、我慢よがまん。

 自分に言い聞かせてムッとなるのを頑張って堪える。いざとなれば切り札だって持っている。エルメスは使用人頭のオルコットには弱いのだ。オルコットに告げ口されるのだけはエルメスだって避けたいに決まっている。

「それで、急ぎの用って?」

 訊けば、またもエルメスはどこかよそを向いた。

「……シルマ様には関係のないことです」

 なによその言い方。いいかげんもう頭にきた。

「そんな態度とられて、関係ないってどういうことよ。もういい、行けばいいでしょ。あなたがいなくたって私は一人でできるわ」

 その時、がやがやと騒がしくなった廊下から聞こえてきたのは他の使用人たちの声だった。

 ――会議が終わったみたいだから、行くなら今よ!

 ――朝から魔法使い様にお会いできるなんて、今日は本当にラッキー!

 なるほど。シルマはエルメスを見る。

「あ、そう。あの魔法使いね」

 エルメスの頬がほんのり赤くなっているのはきっと気のせいではないはず。このところ、クアラークでは珍しい魔法使いの彼に、御多分にもれずエルメスも熱をあげているのはシルマもよく知っていた。彼はステキだとか優しいだとか、シルマの耳にもよく届くくらいには、城の女の子たちに人気の魔法使いだ。

「エルメスも行けばいいでしょ」

 もう一度シルマが言うと、着替えを持ったまま扉の方を見つめていたエルメスは、「失礼します」と開き直ったように部屋を出ていった。

「食事の準備が整いましたら、また迎えに参ります」

 まさかこんな悪びれもなく出ていくなんて。呆気にとられたシルマをよそに、扉はパタンと閉じてしまった。

「もういなくなっちゃえばいいのに」

 エルメスも、あの魔法使いも。シルマのいらいらはいっそう増していくばかりだ。

 背が高く、赤毛の魔法使いは、趣味の良い服(それだけはシルマも認めている)を除けば、街中にいる若者とそう変わりはない。シルマの目には日頃から城にいるいかつい衛兵たちを見慣れているせいか、ひょろりとした弱々しい印象しかなかった。

 ところが、城の女の子たちには絶大な人気を誇っているからよくわからない。彼自身の謙虚な態度が好感度を上げているのは確かなようだけれど、シルマにはどうにも胡散臭さを感じてしまう。

 シルマよりも年上らしいその魔法使いは、自分の気の向くままに王様の手助けをして、しかも何の報酬もなく頼まれたことをやってのける。やわな姿をしているわりには、仕事には従順でかつ手際がよかった。人の言葉にはきちんと耳を傾け、適切な対応をする。魔法が使えるくらいだから、決して無教育な人間ではなかった。礼儀もきちんと心得ているようで、もしかしたらシルマよりも礼儀正しい人かもしれない。

 ただ、出来過ぎた人間だった。そもそも見返りを求めないのが何よりも怪しい。シルマはこれにはきっと裏があるとにらんでいた。そうでなければ、どうして魔法使いがこの王城に来ようか。

 両親はなぜ気づかないのだろう。王様も王妃様も不思議なくらいに魔法使いを信頼しているようだった。というより、疑ってかかっているのはシルマ以外にいないように思えた。

 それとも私が間違っているっていうの? あの人は時々、何か探っているような目でこっちを見てくるのに。

 魔法使いがやってきたのは、もう一年も前だった。なんの前触れもなく、彼はふらりとこの城にやってきた。折しもその日はシルマの誕生日で盛大なパーティーが催されていた。多くの道化師や吟遊詩人たちが集まった中、唯一の魔法使いがその彼。自己紹介程度にと、彼は魔法を使って七色に輝く光の玉を天井いっぱいに広げて見せたのだ。

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