6-5 辞令

 松田泰造の父親である影山徳治はごく小さな葬儀を執り行った。私生児ということもあり、あまり大々的にはできなかったのである。身内の者ですらあまり参加していない葬儀に雁屋が出席した。見慣れない雁屋の姿を見た喪主の徳治はひとまず声をかけた。

「失礼ですが、泰造とはどのような関係でいらっしゃいますか?」

「この方には沢山仕事をいただきましてね」

 雁屋はそう言って警察手帳を見せた。徳治はそれがどうしたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。

「ほう、息子が何か警察の方にお世話することがありましたかな?」

「ええ。ご子息はある殺人事件の重要参考人だもんで、もう少しで身柄を確保できるところでしたが、こんな結果になってしまい残念です」

「それはそれは、お互いに不幸なことでしたな」

「ところで、ご子息は多数の武装した人間に機関銃で蜂の巣ンされただに。日本は銃の所持にゃ厳しいだもんで、こんな傭兵を雇えるんは余程の権力者だと思いませんかね? 例えば影山さん、あなたのように……」

「何を言い出すかと思えば、私をお疑いですか。なるほど、実子ではあっても所詮は私生児、邪魔になれば消すというご推察ですか」

「いやいや、そこまでは」

「我々親子の関係はあなたが邪推するようなものではありませんよ。たとえ私生児とは言え、私は息子に最大限の愛情を注いで来ました。だからと言って決して甘やかすこともなく、時には必要に応じて厳しく接することもありました。その甲斐あって私の片腕として立派に成長しましたよ」

「なるほど。でも、ちょっと成長し過ぎただら?」

「どういうことです」

「確かに裏社会の人間として一人前にゃあなったで。だけぇが、あなたの言うことを聞いているだけなら良かったが、勝手な行動ン目立つようなった。だもんで、あなたの顔に泥を塗るようなことまでしでかして、このままにしてはおけなかった。そうだら?」

「……一体あなたは故人の霊を悼みに来たのですか、それとも侮辱しに来たのですか? もし後者ならすぐにお引き取り願いたい」

「そう目くじら立てんでくりょ。私はこれで失礼するで、またお会いするかもしれんけぇが、よろしく頼んますに」

 雁屋は一礼してその場を後にした。徳治は踵を返し、葬式の後片付けを手下の者に任せると、自室に入り電話を取った。

「もしもし、ああ影山だが……少し目障りな警官がいてね、今後私の目に映らないようにしてもらえんかな。ああ、名前は……」

 徳治は芳名帳を見て言った。「雁屋誠憲だ。浜松中央署刑事課の刑事らしい。降格はさせるなよ、後々厄介だからな」


      †


 翌日、雁屋が出勤すると、中三川刑事課長に呼び出された。

「なんでぇ、朝っぱらから刑事課長の呼び出しなんて心臓に悪いだに」

「……申し訳ないが、もっと心臓に悪いものを渡さねばならん」

 中三川は一通の封筒を差し出した。雁屋が封を開けて中身を見ると、そこにはこのような記述があった。


 辞 令

 ◯月△日付で、刑事部捜査一課の任を解き、生活安全部安全対策課での勤務を命ずる。


「刑事課長、なんの冗談だに? 俺はもうすぐ定年だもんで、今更異動など意味ないら?」

「もはや私には決定権がないのだよ。我々のはるか手の届かぬところからこの辞令が下りてきているのだ。君はまたお上の逆鱗に触れるようなことでもしたのではないかね? ともかく、これからは生活安全部で退官の日まで頑張りたまえ。私からは以上だ」


(影山め、やられただに……)

 辞令の手紙を荒々しくジャケットのポケットに入れると、雁屋は中央署を出て綾小路直戸の元へと向かった。


      †


 綾小路家を訪ねてきた雁屋はすっかり肩を落としていた。 

「俺は事件の捜査どころか刑事課まで外されただに。ここはいよいよおんしに頼むしかなくなっただよ」

「刑事課から外されてどこに飛ばされた?」

「生活安全部安全対策課だに」

 直戸はほくそ笑んだ。

「それは怪我の功名と言うか、こちら側にとってはむしろ好機だな」

「どういうことだに?」 

「天草君、あれを見せてやってくれるかな?」

 喜一は自分の描いた件の夢の絵を差し出した。

「……これは?」

 目を丸くする雁屋に、喜一が説明した。

「失われた記憶の一部が夢に出てきたんです。それは僕が失踪した時の経緯でした。僕らは都市伝説で語られていた呪いの場所に出かけたんですが、その時一緒に行ったメンバーがこの三人です。名前は匠繁、宮地武雄、田辺悟で静岡の安東高校二年B組の生徒です。聞いた話では、静岡中央署の方にはすでに捜索願が出されていて、浜松の方にも協力要請しているそうです」

「ほんだぁ、安全対策課にいれば道下君……じゃなかった、天草君が遭遇した事件について大手を振って調べられるわけだに」

 直戸がそれに付け加えて言った。

「それだけじゃない。こっちの方で佐鳴湖、浜名湖の水死事件について調査しているわけだから、一緒に行動すればそちらの事件も継続して追うことができる」

 雁屋は来た時とは打って変わって顔を輝かせた。

「綾小路探偵……では、あらためてよろしく頼むだに」

 そう言って雁屋と直戸は固く握手を交わした。

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